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カンガルー通信

2004年4月からオーストラリアのパースに住む高取夫妻。定年退職後、生活の拠点を移されました。
カンガルー通信を通して、海外での暮らしの中での驚きや楽しさなど、さまざま出来事や思いを知らせてくれます。

 第1号(2004.5.15)  第2号(6.21)  第3号(9.6)  第4号(10.24)

 第5号(12.15)  第6号(2005.2.1) 第7号(4.5)  第8号(6.1)

 第9号(8.15)  第10号(12.20)  第11号(2006.4.16)  

 第12号(7.2)  第13号(9.17)  第14号(10.18)最終回


第14号
2006.10.18
〈最終回〉

パースでの生活も残すところわずか、通信もとうとう最終号になってしまいました。もっともっと書きたいこと、お伝えしたいことがあったように思います。毎号、二人が見たこと、聞いたこと、感じたことを、書きましたが、もしかしたら事実と違っていたり、偏見だったりの部分もあったかもしれません。でも、私たちは通信を出すことで、自分たちの生活を再確認し、貴重な記録を残せたと思っています。毎号丁寧にお読みくださり、本当にありがとうございました。(利尚・恒子)

***************

★ パースの日本人
パースには今、約4000人の日本人がいるといわれていますが、領事館でもなかなか正確な数字は把握できないのが現状だそうです。「在留届」を出さない人や、出していても、キャンセルせずに帰国する人がいるからというのがその理由です。

いわゆる「戦争花嫁」の女性もまだ何人かおられるそうですが、地方に散らばっていて、その数はまったく分からないと聞きました。(広島県呉市に戦後処理のために駐留したオーストラリア兵と結婚して、来豪した女性。その子どもたちのことを、Kure Kidsと呼ぶと、テレビのドキュメンタリーで知りました。)

永住者の多くは、オーストラリア人と結婚している人、何らかの事情で家族で移住している人たち、ビジネスで成功している人たちです。そして日本で国際結婚した人たちが、住みにくい日本を離れ、オーストラリアに移住しているケースが意外に多いのにちょっとびっくり、いや、納得しました。

長期もしくは短期滞在者は、日本企業の駐在員の家族、リタイアメントビザを取得している夫婦、永住権を取るために苦労している人たち、学生、ワーキングホリデーの若者たち、日本語のアシスタントティーチャーをしている人たちなどでしょうか。最近は、中高年夫婦の1、2ヶ月の「ロングステイ」に人気があり、それらしい夫婦を町でよく見かけます。

さて、今年は日豪友好締結30周年の年です。毎年10月に開かれる州のお祭 "Perth Royal Show"に、日本館が設置され、ホンダのロボット・アシモのデモンストレーションは、入場制限をするほどの盛況でした。また、日本人のコーラスグループも出場。私も最後の半年仲間に入れてもらい、日本の歌を歌いました。

駐在員が中心の「日本人会」は、最近の若い人たちは外国に来てまで、日本人社会に入りたくないという人が多く、衰退気味だとか。永住者が中心の「日本人クラブ」のほうは、色々のイベントをして結構活動していますが、どちらにも入らない人のほうが今では多いそうです。これもご時世でしょうか。

社会福祉法人「サポートネット 虹の会」では、パースに住むすべての日本人をサポートするべく、活動されています。また、パース日本語キリスト教会では、アメリカ人のヤング牧師が、色々の面で日本人を支えておられます。

私も、いろいろのところで日本人の友だちができましたが、口を揃えて言われることは、「パースはいいね」です。生きるのがラク。物価が急上昇してきていて、ここに住むメリットが薄れてきているのも事実ですが、しかしやはりお金が要らないというのは実感。生活の基本の、家賃、光熱費、電話代、交通費、レジャーなどがかなり安いこと。そして何よりも交際費が要らない!ここに住みたいと願う日本人は、オーストラリア人が誇りを持って自分たちの国を「ラッキーカントリー」というこの国を心から羨ましく思っているのではないでしょうか。(恒子)

    
キングスパークから見た
パースの町
 

WAのシンボル 黒鳥
(モンガ湖)

★ 読んだ本など
はじめに読んだのは詩人のジュディス・ライトの伝記でした。ライトはオーストラリアの自然保護とアボリジニとの和解に取り組み、つねに運動の先頭にいました。ライトの伝記を書いたべロニカ・ブラディはいまも原爆禁止運動の中心にいます。彼女もまた自然派の詩人です。

教師の友人は、オーストラリアの伝説的な物語作家・詩人のヘンリー・ローソンとバンジョー・パターソンの本を贈ってくれました。それからアボリジニの虐殺の歴史をまとめた本と、第二次大戦のパプア・ニューギニアの戦争のドキュメントKokodaを読むように勧められました、日本人は真実を知らなければいけないと言って。
友人の娘が教えてくれた作家の一人、ランドルフ・ストーは私と同世代の作家です。彼の「海上のメリーゴーランド」は少年時代に体験した戦争の思い出で、格別の思いで読みました。

近くの図書館のブック・クラブへ入りました。毎月一冊の本を読んでその感想を話し合います。Book Talk というところのリストから作品を選び、必要な部数を借ります。クラブの会費は5ドル。お茶が出ますが、少し前にワインになってから急に口が滑らかになったようです。こんなことでなかったら手に取らなかったような現代のオーストラリアの作家の本を読めたのは幸いでした。いい本を読もうという人と面白ければいいじゃないという人がいます。また、犯罪ものCrimeというジャンルがありますが、さらにTrue Crimeというジャンルもあります。

またトリニティ教会のシニア・スクールのドイツ語と創作Creative Writingのクラスへそれぞれ週に一度通いました。去るに当たりこのクラスで書いた作品のうち何篇かを集め小冊子にして、親しい友人たちに配りました。
その昔、パースにも立ち寄ったイギリスの文学者D.H.ロレンスはこの国のことをThe friendliest Country in the World 世界でもっとも親切な国といったそうです。それから「もし命が三つあったらここに住みたい。こんな美しいところはなかった」とも。それらのことばを実感しています。(利尚)

★ 帰国するに当たって
1994年に半年日本語教師としてパースに滞在、それ以来いつの日かパースに住みたいという夢を持ち続け、10年後にその夢が実現しました。今回は夫と二人、忙しく生きてきた東京の生活を小休止させての「ロングホリデー」でした。夫は読書三昧の生活に満足し、私はやりたいと思っていたことはほとんどやれて、大満足の2年半でした。パースの友人たちの大きなサポート、そして日本の家族や友人たちの厚意で成り立った「夢の実現」でした。心から感謝しています。

ここで得たものは、数え切れませんが、やはり多くの新しい友人を得たことは幸せでした。電車の中でのちょっとした会話から親しくなったFaye。彼女の夫はジェラルトンの漁師。パースに魚を卸しに来るたび、新鮮な魚を届けてくださり、手に入れるのが難しい「刺身」を、月に2度もいただけるようになりました。
私たちのことを「パースのお父さん、お母さん」と呼んでくれる若い「娘」たちとの出会いも忘れられません。自分探しに来ていた彼女たちは、しっかり自分を見つけ、帰国後は新しいことに挑戦しています。

私たちも、心身ともにリフレッシュ、帰国後はまた新しい自分に挑戦できる気がしています。思い残すことはありませんが、あえて言えば、「サニー」から「高取さん」に、戻るのがちょっと・・・(恒子)

    
友人宅でのティータイム

 

南アフリカ原産のボアブ
(キングスパーク)

 


第13号
2006.9.17
9月に入っても寒い日が続いていましたが、このところ急に暖かくなってきました。でもまだ雨が結構降ります。今年の冬は小麦やぶどうの農家に大きな被害が出るほどの旱魃だったので、雨は大いに歓迎されています。

そろそろあちらこちらで、春のお祭が開かれ、ワイルドフラワーの便りが聞こえてくるようになりました。昨年の今頃ワイルドフラワーを見に北上しましたが、世界でここにしかないという「リースフラワー」の写真をお届けするところから、通信を始めたいと思います。(恒子)
リースフラワー リースフラワー

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★ スイミング プール


どこの町にも市にも必ず公営のプールがあります。イアン・ソープ選手で代表される水泳王国だけあって、子どもたちの水泳教室も盛んです。週末にはピクニックの用意をしてやってくる家族連れも多いようです。屋内、屋外プールのどちらかは50m。サウナ、スパも備えられており、敷地内にバーベキューサイトもあります。

私もプールによく行きますが、ヤッパ、ここはオーストラリア!と思わされたことを紹介しましょう。

更衣室やシャワールーム、ロッカーももちろんありますが、ロッカーはプールサイドに少しだけ。みんな着替えを入れたバッグをプールサイドの椅子やテーブルに置いたまま泳ぎます。そんなことで驚いてはいけません。泳いだ後、ガウンのようなものを引っ掛けて直接プールサイドから駐車場へ向かう人たちがいました!
まだまだありますよ。な・なんと、シュノーケルをつけて、お年寄りが悠々と50mプールを何度も往復しているのです。日本では帽子がないと泳げませんが、帽子はなくてもいいし、水着の上にTシャツを着ている人もいます。先日は、若者のグループが、レーン貸切で、ダイビングの練習をしていました。
オーストラリアは、easy going, laid-back の国だといわれますが、ホント実感しました!私は、この国の、何事も大げさでないのが気に入っています。(恒子)

★ お寒い日本の国際化

オーストラリアは移民の国、様々な国の人が共存しています。容貌はアジア人でも、アフリカ人でも、国籍がオーストラリアの場合、彼らはオーストラリア人です。最近立て続けに、偶然同じような話を聞きました。

西オーストラリア州第4番目の都市、ジェラルトンは、静岡県のA町と海が取り持つ縁で姉妹都市関係にあります。ジェラルトンに30年以上も住んでいる日本人女性のFさんが、交流事業の通訳兼引率者としてA町に行ったときのこと。ホームステイを受けいれてくれた家族との対面のとき、彼女はとても、恥ずかしく、辛い思いをしたそうです。オーストラリアから来たのだから、当然「白人」だと思っていた人たちは、なぜアジア人?という顔を露骨に表したそうです。それ以降くじ引きで受け入れ先を決めることにしたとか。

TAFE(州立の専門学校)で、日本への研修ツアーの募集をしました。応募してきたのは、お金持ちの中国系の人たちが大半を占めたとか。引率を引き受けていたTさんも、ああ、辛いなあと思ったそうです。幸か不幸か、結局人数が集まらず今年のツアーは中止になりました。

JETプログラム(The Japan Exchange and Teaching Programme)で、日本へ英語の先生として派遣された若者の話です。アジア系の彼は、もう2度と日本には行きたくないと感想を述べたそうです。様々な差別が彼を傷つけたのでしょうか。一方、「白人」の若者たちはちやほやされ、日本ほどいい国はないという感想を持って戻ってくるとか。「国際化」といくら叫んでも、日本の「国際化」は、まだまだのようです。(恒子)

★ 真珠と捕鯨

日本の捕鯨の映像をテレビで見た。おびただしい血を流す大きな鯨を引き上げて、甲板で、長刀のような刃物で鯨を黙々と解体する作業員の姿――。センセーショナルであった。ここでは動物愛護の運動が熱心だ。捕鯨反対の声は高い。その後まもなく、ブルームにある日本人墓地がなにものかによって荒らされた。すると、東京の新聞はすぐ捕鯨に反対する団体によるデモンストレーションかと憶測した。

西オーストラリアのブルームは、日本人にとって特別の町である。真珠の町。古くは明治から真珠とりの潜水夫でにぎわった。広大な日本人墓地は今観光コースにも入っていて、われわれも去年ブルームを訪れたときに行ったが、何百もの墓石が日本の方向を向いて整然と並んでいた。幸い、今回の日本での憶測は間違いで、単にいたずらだったそうだが、日本はこれまで捕鯨の理解を得ようと、鯨食文化の伝統と資源としての鯨を語ることに懸命であったが、それだけではさびしい。共感を得るためには数字だけではない、何かが足りないような気がする。ブルームでは遠くからだが、鯨ウォッチングができ、ツアー客は狂喜していた。(利尚)

★ レストランとパブ

この国が日本人にとって気楽なのはチップの習慣がないせいかもしれない。人と食事をするとき自分の食べるものだけ払えばいいという習慣。前払いして、ビープBeepを持たされるか番号札を立てて待つ。結構ステキなカフェでもそんなもの。お値段は日本とさして変わらない。

友人の娘の誕生日によばれたときもファミリー・レストランで、メニューを見て、自分で注文しに行き、支払った。

レストランは、酒を出す店とそうでない店BYO ( Bring Your Own )がある。BYOの店で酒を飲みたければ、近くの酒屋で買って持ち込む。グラスやオープナーなどはレストランで貸してくれる。

シャウトShout というおごりの習慣は4人でいけば、それぞれが順に4人分をおごる。一回りすると、また繰り返すという。まだその経験はない。

パブで一人で飲むと相手ができる。独り者同士ならいいが、間違えて既婚の女性だと血の雨が降るとか。(利尚)

 
あれ?町にカンガルー????

クリニックや薬局の前に
体重計!

 


第12号
2006.7.02
日本はいよいよ暑い夏の到来、ここパースは寒い冬に突入です。寒いといっても、日本の冬ほど寒くはなく、このところ19度から22度くらいの日が続いています。

Tシャツ姿の若者あり、マフラーにブーツ姿ありと様々ですが、毛皮のコートやダウンジャケットを着ている人は見たことがありません。でも、家は夏用に作られているので、部屋の中で長時間パソコンに向かっていると、結構寒く感じられます。

そんなパースからお邪魔します。お読みいただければうれしいです。(恒子)

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★ 見えない日本人


ワールドカップもいよいよ大詰めを迎える。日本・ブラジル戦で、最初に日本が得点したとき、テレビは日本は奇襲Surprise Attackで一点入れたとさらりと言ったが、そのことばに真珠湾攻撃のことを思い出した人は何人いただろうか。日本というと奇襲した国のイメージはまだ抜けていない。

KOKODAという映画を見た。教会の食事会で同席した青年がスタントマンとして出たと話していた。Kokodaはパプアニューギニアにあり、このジャングルでの闘いはオーストラリアにとっては第二次大戦中最大の激戦であった。当時人口400万のオーストラリアが戦死者は2000人をこえたという。

擬装して顔の見えない日本兵がとつぜん現れるとぞっとするような殺戮シーンがつづく。しかし最後まで日本兵は顔を見せない。見ていてかなり疲れた。あの青年が断崖から落下するシーンも、少年兵として出演したはずの姿も、どこにもなかった。カットされていた。顔のない日本人はイメージが作れないだけに恐ろしい。(利尚)

★ Engagement Party (婚約パーティー)

友人の息子の婚約パーティーに招待されました。日本では余り聞いたことがありませんが、こちらでは、ごく当たり前のことだそうです。土曜日の夕方、自宅の裏庭で開かれました。寒い時期なので、庭にはトーチを焚き、ストーブも置かれています。小さなプレゼントと、自分たちが飲むドリンクを持って、招待客が三々五々集まってきます。当人たちの友人はもちろん、親戚、親の友人知人、はては近所の人まで。乾杯の頃には150人はいたでしょうか。若者たちは、深夜まで飲んだり踊ったりするそうです。私たちは3時間ぐらいいて失礼しましたが、外に出てびっくり。住宅街に車の長蛇の列。相乗りの車があったとしても、一体何台の車が止められていたのかしら。

ところで、婚約した二人の結婚式は来年の12月。一度社会に出てからまた大学で勉強している彼が卒業してから。しかも彼らはもう半年も前から一緒に住んでいるし、これからも一緒に住むんだし、わざわざ「婚約パーティー」なの?って、思ってしまいましたが、これもけじめ?それとも単なる「生活文化」なんでしょうか。

一年半も持つかな?と片目をつぶって私たちに笑って見せた彼のおじいちゃん。離婚率がとても高いこの国、婚約破棄なんてのも、もしかしたら多いのかもしれませんね。(恒子)

★ ビザの問題

パースに来て2年以上過ぎたので、私たちがそろそろ帰国の時期を考えていると知った友人の何人かからメールが来ました。永住だと思っていたのに、帰ってくるの?

どこの国でも同じだと思いますが、ビザの問題が大きく立ちはだかっていて簡単に永住はできません。それでも若い人たちにはそれなりにチャンスがあり、時間は掛かっても何とか永住権を取得した人たちに出会います。

一番手っ取り早いのは、オージーに限らず、永住権を持っている人との結婚(マリッジビザ)、または同棲(ディファクトビザ)です。申請後2年で問題がなければ永住権がもらえます。ビジネスで永住権を取るのはかなり厳しく、諦めて帰国する人たちも大勢いて、日本語新聞の広告欄に、「日本レストラン売ります」をよく見かけます。

60歳を過ぎた人たちが、永住権が取れる可能性はゼロに等しいです。一億円あれば別だそうですが・・・

外国人が長期滞在する場合、学生ビザで学校に通い続けるか、観光ビザ(3ヶ月もしくは6ヶ月)で出たり入ったりするかのどちらかしか方法がありません。リタイヤメントビザで、長く滞在している裕福な日本人夫婦もたくさんおられますが、ビザの条件がよく変わり、だんだん難しくなってきているようです。30歳以下の若者には一年間有効のワーキングホリデービザがあり、多くの日本の若者がパースにも滞在しています。(恒子)

★ 先住民の絵画

オーストラリアにはアボリジニ(先住民)のコミュニティがあちこちにある。もともとは彼らの土地であった。それが取り上げられ、彼らにとり神聖な場所もズタズタにされてきた。長い間政府に返還を求めていたが、こんどノーザンテリトリーの一部が正式に返還された。訴訟してから30年。その祝いの儀式のもようをテレビで見る。
日本のアイヌの祭りに似ている。被りもの、持ちもの、鳴りもの、着物、メーク。大勢で土を踏み固めるような踊り。

美術館でアボリジニ絵画の展覧会を見た。ここ西オーストラリアはNoongarという部族が住む。彼らは絵を描いたが、絵には特別な意味がある。円や点や線で井戸や山や川を表した。ユーカリが茂るところでは木の皮に描き、砂漠では砂に描いた。身体にも描いた。描くときは歌をうたった。歌は祖先の物語であり、周りには子どもたちが聞いている。このようにして子孫に伝えた。それらは文字を持たない人たちの心の歴史を伝えている。カンバスに描く職業画家が出るのは70年代になってからである。

解説者はそう説明してくれた。シニアの女性ボランティアだった。オーストラリアへ移住した人たちはこのアボリジニの人たちの歴史を受け継いでいる。(利尚)
Jordan & Hazel
婚約パーティー
最寄の駅(Bayswater)の
商店街

 

 


第11号
2006.4.16
いつかはパースに住みたいという夢がかなって、二人でパース空港に降り立ってから、2年になります。草も生えない長い長い夏がようやく終わり、今はさわやかな秋です。スワン川の河口に広がるパース、そしてわが町ベーズウォーターもスワン川のほとりに位置しています。先週の日曜日、オータム リバー フェスティバル(Autumn River Festival)という催しが広い川原の公園で開かれ、家族連れでにぎわっていました。
昨年12月から家族や3組の友人たちがパースの夏を楽しみにやってきました。大きな自然と空間。あたたかい人たちとのふれあい。ゆっくり流れる時間。我が家の庭から見える天の川や南十字星。あくせく過ごしてきた東京での生活を、ちょっと立ち止まって振り返るチャンスになったという感想を残して帰国されました。インド洋に沈む太陽を、2時間も前からビーチに座って待つなんて、東京では考えられないことですものね。
「気軽で」「身軽で」「気楽な」パースの町から「カンガルー通信」を送らせていただきます。お読みいただければ幸いです。(恒子)

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★ ゴルフ事情
生まれて初めてゴルフをしました。散歩の途中、小さなパブリックコースが気になっていましたが、私には無縁のものと決めてかかっていました。19ドル(2000円以下)。オーストラリアはゴルフが安いとは聞いていましたが、本当に安いんだ。フェンスの外から見てみると、家族連れや、高校生らしきグループもプレイしています。みんなスニーカーやTシャツすがた。キャディさんはいないし、自分のカートは自分で押す。誰でもできるのね、と気がつきました。幸いにも、帰国する友人からフルセットを譲ってもらったこともあって、早速行ってみることにしました。スクールに行かなくても、コースを回りながら練習すればいいのだという友人の言葉。一人で回っていると、レディーズクラブのメンバーだという女性が、ぜひクラブに入れと誘ってくれます。わたしは初心者だからとても無理だと断ると、「何事も最初の一歩がないと始まらないでしょ。」と哲学的?なことをおっしゃる。厚かましくも入れてもらい週一回楽しむようになりました。
驚いたことに、最高年齢85歳。足を引いている人、手が震えている人、平均年齢は果たして何歳なのかしらと思うほど高齢者の集まりです。みなさん、生き生きと和やかに、シニア割引でゴルフを楽しんでおられます。
定年後、移住をしている日本人の目的の一つにゴルフがあります。毎日ゴルフをして、(高い日本食を食べずに)オージービーフを食べていると、生活費が安くてすむというのが定説になっていますが、なるほどと納得しました。(恒子)

★ 移民の国
大家さんのお父さんは80歳。ふさふさした髪とつややかな肌をして、元気に一日中働いているが、歳よりもずっと若く見える。どうして元気なのか聞いたら、まず仕事を続けること、酒を飲まないこと、それから、いい奥さんを持つことだ、と言った。
彼はハンガリーから来たという。オーストラリアヘ来る前に一旦ドイツへ入り、そこでオランダ人の奥さんといっしょになった。ふたりはドイツ語で話すが、子どもたちとは英語で話すという。お向かいさんは、フランスの小さな町でオージーの男性と知り合い、パースにやってきたというフランス人。そのお隣は、カナダ出身の独身男性。ノルウェーから移住した夫婦もいる。
この町に住む人は大体こういう人たちである。この国の40パーセント近くがイギリス以外の国からの移民であるが、それぞれの仕方で生活しているのである。
私が通っているシニアスクールの仲間も、出身はいろいろ。期末のセレモニーに、クラスの全員がそれぞれの国の言葉で「こんにちは」と書いたカードを胸につけることにした。
Good Day オーストラリア、Minden Jot ハンガリー、Eenheele Goedendag ベルギー, Salam Alaykum エジプト, Bon Jour ! フランス,  Hi ! アメリカ などなど。
みんなそれぞれのストーリーがあり、ふとしたはずみにその一端をのぞかせる。たいていは苦労話でそれだけに共感を呼ぶ。スクールへ来るのも、話をしたいということが一番大きな目的かもしれない。(利尚)

★ TAFE(Technical and Further Education)

レストランFujiで食事するTAFEの学生たち

TAFEとは、100年以上の歴史がある州立の職業訓練校のことです。職業に直結した専門分野を学び、社会に出てすぐ役立つ、実践的な勉強をします。ですから大学に進まずにTAFEに行く人たちが大勢います。また永住権を取った人や、その準備段階にある人たちは、無料で英語が学べます。外国人には付属の一般英語コースがありますが、こちらはかなり授業料は高いです。そして、いわゆる成人学級も数多く設けられていて、授業料はとても安いです。外国人も入れますが、やはり授業料は別枠です。
日本でも「生涯学習」が盛んですが、前号で夫が書いた「シニアスクール」もそうですが、オーストラリアは大人が学ぶシステムがしっかりしていると思います。政府やキリスト教会が中心でしょうか。
縁あって、今年からTAFEの「日本語」のクラスのお手伝いをするようになりました。(私はオーストラリアで教える資格がありませんから、代用か補助です。)週に一回、17人の学習者が集まってきます。高齢の夫婦もいれば、親子も、若者も。女性のほうが少し多いでしょうか。日本への関心度がかなり高いこの国では、日本語を学ぶ人口も多いです。言葉だけでなく、文化を正しく理解してもらう工夫をしながら、授業を進めます。学期の最後の授業が終わってから、みんなで日本食レストランへ行きました。一番人気があったのは、トンカツでした!(恒子)

★ 犬・いぬ・イヌ
公園に置かれている
犬の糞用のポリ袋

いたるところで犬を見かける。どこの公園にも糞用の袋が備えつけられているが、飼い主のマナーとスワン川の糞害が問題になっている。(写真参照)
パース空港に着くと、入管手続きを待つ人々の足元に麻薬捜査犬がまといつく。テレビドラマではジャーマン・シェパードが活躍する「警察犬レックス」の人気が高い。農場へ行くと、牧羊犬は仕事の仲間である。時にはそれ以上、家族かもしれない。
バスツアーで牧羊犬の墓地を見たとき、子どもの頃、日本でも働く犬を見たことを思い出した。車を引く運送屋の犬である。親方と同じように綱を肩がけにして踏ん張っていた。長い毛の、舌を垂らした2、3匹の中型犬だった。「フランダースの犬」のパトラッシュのような大きな犬ではない。しかし、輓馬という言葉はあるが、輓犬は聞かない。
働く犬も愛玩犬も近代になって欧米から入って来た。ポチ、コロという犬の呼び名も、彼らが呼ぶのを真似たのだという。
最近はマックスとかジェシーという人間の名前をつける傾向が強いそうだ。ちなみにわが友人たちの犬は、ジャクソンであったり、オスカーであったりする。(利尚)


第10号
2005.12.20
今年も咲きました
ジャカランダの花
日本は寒波襲来のようですが、ここパースも余り暑くない夏です。去年の今頃は猛暑で、ビーチへ何度も行っていたのにと、ちょっと不思議な夏の始まりです。
今はクリスマスシーズン真っ盛りで、街のあちこちの公園でクリスマスキャロルの集いが行われています。私たちも、キャンドルを掲げてクリスマスソングをいっぱい歌ってきました。クリスチャン人口が10パーセントにも満たないオーストラリアですが、やはりキリスト教国なのでしょうか。
 パースの町が急速に都会化していることは、すでに述べていますが、来年からとうとう自動改札になります。中央駅にさえ改札口がなく、頻繁に検札があるとはいえ、乗客の良心が信じられていた時代は終わりに近づいています。通信第一号で、バスの運転手さんがタクシーのように我が家まで送ってくれた話を書きましたが、先日、シティーで、降りるバス停を教えてくれるように頼んだところ、「私はタクシーの運転手じゃない」と冷たく言われて、ちょっとがっかりしました。以前のパースがドンドン遠くなっていくようで、寂しいです。
注:日本のように、バス停に名前がないので、初めての場所へ行くのはとても難しいです。
 いろいろ雑事が重なり、すっかり間を空けてしまったカンガルー通信です。お読みいただければ幸いです。(恒子)

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★ 日本人の若ものたち
パースには、日本から多くの人が来ています。気候がよく、治安もよくて、比較的物価が安いというのがその大きな理由です。特に若い人たちが目立ちます。主にワーキングホリデーの若者たちです。若い彼らにとって、一年間自由に自分探しができる人生で最高の時なのでしょう。働いている人、学校に通っている人、オーストラリアを一周している人、みんな楽しそうに見えます。
すっかりオーストラリアが気に入った彼ら、特に外国人のボーイフレンド(オージーとは限らない)ができた女の子たち(ガールフレンドができる男の子はほとんどいない)の中には、学生ビザに切り替え、こちらに残るケースが多く見られます。
学校で多くの外国から来た若者と友達になりました。彼らは自国のことをよく知っているし、自国の政治経済が語れるのですが、残念ながら日本の若者は語れません。本当の意味の「国を愛する心」はかなり薄いように思います。日本を知らず、ただオーストラリアは住みやすいというだけで、永住を希望して欲しくないと痛感しています。(恒子)
シニアスクールの聴講生

  ★ シニアスクール
なかなか人と話す機会がありません。7月から教会のシニア・スクールに通い始めました。50歳以上の人を対象としたもので、だれでも入れます。水曜にドイツ語を二時間、木曜にクリエイティブ・ライティングと美術鑑賞のクラス。目的は聴講生のおばさんたちと話をすることです。
ところが、おばさんというよりはおばあさんたちですが、年寄りのほうがゆっくりしゃべると思いきや、これがみんな会話に飢えた人たちで、猛烈な勢いでしゃべりまくる。およそ四ヶ月たった今もこの人たちの会話に入っていくのは難しいです。
木曜の最後の時間、美術鑑賞こそは唯一の憩いの場所となっています。この時間は講師の怠慢のおかげで、ビデオをじっと見ていればいいのです。十分おきくらいに立ち上がってストレッチ体操をしています。(利尚)

★ 誕生日
ここでは21歳の誕生日が大切です。日本の成人式にあたります。でも日本のように市や町が式を行うのではなく、各家庭でパーティーを開き、家族、友人、親戚の人を招いて大掛かりなお祝いをするようです。
昔は鍵を与えられ、この日から一人前の仲間入りをしたそうです。40歳は一里塚。これから夢を実現するという決意と期待が重なります。50歳のお祝いにはみんなニヤニヤして出かけて行くそうですが「そろそろ現役でなくなるぞ」という意味が含まれているとか。
友人の娘の21歳のパーティーに招かれました。サプライズパーティーでした。本人に内緒で50人以上のお客を招くのですから、数日前から母親であるわが友人の苦労?は大変なものでした。料理を隠し、駐車場の手配をし・・・ アルバイトから帰宅した娘の驚きといったらそれはそれはもう。彼女にとって一生忘れられない瞬間だったことでしょう。
日本でも、還暦は子どもたちがお祝いをしてくれますが、ここでは50歳のお誕生日がそれに当たるようです。パースから妹の50歳のお誕生日に母親を連れてメルボルンまで出かけた友人もいます。50歳の誕生日がどれだけ大切なのかがよくわかります。
誕生日にはよく本を贈るそうです。それが本の売れる理由だという人もいます。今年の夫の誕生日にも、友人たちが本をプレゼントしてくれました。(恒子)

★ 散歩
ブッシュファイアの焦げ臭い匂いが夏の到来を伝えてくれます。連日晴天が続き、水を怠ったバラはいまや枯れそう。近くの人にhotですね、と挨拶したらwarmだといわれました。40度を越えないとhotとはいわないらしい。
久しぶりにスワン川の岸辺まで歩きました。公園のジャカランダも咲いている。途中の木陰にはカワセミと今年生まれたカルガモがいました。風が地を這うように低く吹いています。川鵜の番いがいつものように川に張り出した枯木にいる。あずまやにはツバメが巣を作っている。  
帰りには、流れから小道に上がってきた脚の長い水鳥を見ました。前から見ると雉のように見えたが、羽が短い。幼鳥のようで、恐れ気もなく近づいてきました。尾を扇のように広げるファンテイルもガラもいました。土鳩も。
ゴルフ場には「へびに注意」というサインが出たそうです。(利尚)

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今年もあと10日になりました。どうぞ皆様よいお年をお迎えください。
高取利尚・恒子



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第9号
2005.8.15
桜????? 
(アーモンドの花。7月半ばから一ヶ月位咲いています)

暑い暑い日本のみなさまへ、冬も終わりに近づきさわやかなパースから、カンガルー通信第9号送らせていただきます。
パースは、北にも南にも開発が進み、町じゅう工事だらけになっています。土地も家も、物価も急上昇しているそうです。先日キャベツが300円もして、これじゃ日本と同じじゃないと思ってしまいました。家賃も少しずつ高くなっており、しかも契約更新のたび週10ドルぐらい上がるというのが常識だとか。そんな中、我が家も賃貸契約を更新しました。「あなたたちは、とてもいい借家人よ。家賃は据え置きでいいですよ」と大家さん。庭に花を植え、不平不満を言わない私たちは、大家さんのお気に入りのようです。
 今日は8月15日です。今号は「戦争」から通信を始めたいと思います。(恒子)

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★ Kokoda
終戦から60年、こちらパースでも退役軍人の食事会や展覧会などいろいろ催しがあります。
オーストラリアは第二次大戦で4万人が戦死、3万人が捕虜になりました。当時の人口は400万人です。
日本との戦争というと、すぐに思い出されるのはチャンギー収容所とダーウィンの空襲、それにココダ・トラックの激戦です。ココダはパプア・ニューギニアにあります。日本が戦ったいちばん南の戦場です。
友人がKokodaという分厚い本をもってきました。日本とオーストラリアの生存者から取材して書かれたもので、公平な内容だと彼は言います。戦闘の経過が詳しくわかりました。しかしその中で述べられている日本兵による現地人の惨殺や捕虜の処刑、人肉食という残虐な行為、オーストラリア兵による仕返しなどは、あまりにもむごたらしくて、なかなか最後まで読めません。
友人は日本人は事実から目をそらさず、正直にすればいいのだと言います。彼は自分たちにも原住民であるアボリジニを皆殺しにした事実があった。しかしそれをとことん調べて明らかにし、罪を詫びたので、和解ができ、新たな理解ができたのだと言います。彼はこの本のことだけでなく、日本も戦争の謝罪をすることで新たな理解を作り出せると言っているようでした。(利尚)

★ Hiroshima Candle-lit Meditation
シスター・ベロニカ!

広島原爆投下60年を記念した前夜祭がパースの駅前広場であり、核の廃絶を訴える横断幕が張られました。集まったのは200人ぐらいの年輩者ばかりです。演壇に立ったのはシスター・ベロニカ。高齢の彼女は厚いコートにブーツ姿で現れました。彼女はストレートに力強く話しました。
これまでアボリジニの保護や環境問題の先頭に立ってきた彼女の言葉は説得力があります。そのあと、ローソクをともし、長い黙祷のあと、輪になってダンスを踊りました。式は一時間で静かに終わりましたが、シスター・ベロニカは最後まで人々の中にいました。(利尚)

★ 年金天国?
いわゆる老齢年金はオーストラリアでも大きな問題のようで、個人年金に入っている人が多いと聞きました。それに定年が65歳までとなり、いつまで働かなければならないのだと、わが友人たちもぼやいています。
一方、母子家庭手当て、失業手当、障害者手当てなどは、とても手厚いようです。離婚後、娘と二人暮しの日本人女性の話に驚きました。家は大きな一戸建て、娘には乗馬やピアノのお稽古。彼女は無職です。贅沢をしなければ充分暮らしていけるお金が政府から支給されているそうです。とても日本には帰れません。そりゃそうでしょうね。
病気で働けない若い人も、年金で生活しています。障害があったり、病気でも、だれにも遠慮なく暮らしていける社会ということでしょうか。
アボリジニの人たちにも、政府からお金が出ています。ただ彼らの中には支給されたお金でお酒を飲み、まったく働かない人も多いので、そのために税金を使われてしまう国民はかなり不満を持っています。しかしこの問題に関しては、国の政策に従わざるを得ないとみんなは考えているようです。(アボリジニについてはいつか詳しく述べたいと思っています)(恒子)

★ クイーンズ バースデイ
ご存知のように、オーストラリアの元首は今なおイギリスのエリザベス女王です。日本の天皇誕生日が祭日であるように、こちらではクイーンズ バースデイが祭日です。ある日、カレンダーをめくっていて、あれ? と思いました。6月13日Queen's Birthday(WA・西オーストラリア州を除く)となっています。さらにカレンダーを進めると、9月26日にQueen's Birthday(WA)が出てきました。???? 例によって友人に聞きました。アハハ、女王の誕生日なんていつだっていいんだ。休みは休みだよ、みたいな返事。だって、女王の誕生日って一つじゃないの?
一年の前半に祭日が多く後半には少ないので、9月に移しただけだそうです。夫が聞きました。だれが決めるの? 政府だよ。西オーストラリアの州政府は、労働党だからかしら、とは夫と私の会話です。
ちなみに女王の本当の誕生日はだれも知らないみたいです。3連休にするためにいずれも月曜日に設定されているから。それにしてもちょっと信じられないでしょ?(恒子)

★ 子どもの食生活は・・・
大人も子どもも肥満が多いです。特に子どもの肥満が問題になっているようです。食生活の改善をうたった宣伝も多くみられるようになりました。でも子どもたちのランチを見て驚きました。大きなランチボックスに入っているのは、簡単なパン、果物、お菓子の類です。日本の給食を知っている私には、成長期の子どもたちがこんなものを食べていて、健康になるはずがないと思ってしまいます。
労働党の選挙公約に、子どもの肥満対策が掲げられているのを思い出しました。かなり深刻な問題です。(恒子)

 


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第8号
2005.6.1

日本ではそろそろ入梅の頃でしょうか。こちらも雨がよく降るようになり、薄ら寒い日もあります。今日、車の中から真っ赤に紅葉したかえでの木を見ました。そうです、ここは今は秋です。アジア人経営のマーケットでは、柿や梨も並ぶようになりました。その名も"FUYU" "NASHI"。最近みられるようになったとか。オージーのなかには知らない人も多く、余り食べないようです。
秋になり、家々の庭にもいろいろの花が咲き出し、散歩がとても楽しみです。夏には草も生えなかった我が家の庭にも、ワイルドフラワーが咲き始めました。花を眺め、鳥の声を聞きながら、日本茶を飲み、一日が始まります。至福のときでもあります。(恒子)

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我が家の近くの公園に立つ
アンザックのモニュメント

★ Dawn Servic

アンザックデイ(ANZAC DAY 4月25日)の早朝祈祷集会に友人と行きました。アンザックとはオーストラリア・ニュージランド連合軍のことで、第一次世界大戦で大勢の戦死者を出しました。
まだ真っ暗なのに、スワンリバーを見下ろす会場のキングスパークには、すでに大勢のひとが詰めかけていました。人の波に押されて会場を通り越し、はるかその先まで行きました。ところどころにスクリーンがあって、アンザックデイの由来になるガリポリの戦闘の記録フィルムが流されていました。
やがて祈祷式が始まり、短い黙祷があり、それから関係者のスピーチと、結局そのすべてはスクリーンの映像で見ることになりました。いつのまにか日が昇り明るくなると、あたりは人でいっぱいでした。若者も大勢いました。
昨年はこちらへ着いたばかり。第二次世界大戦で交戦国だった日本人はこの日うろうろしないほうがいいといわれ、TVで元兵士の老人たちのパレードが延々とつづくのを見ていました。
今年は早朝祈祷会には4万人が参加したといいます。少し前に見たフットボールの大観衆と同じ人数です。そんな大勢の人が黙々と集まり、厳かに祈ったのです。5年前までは元兵士と関係者のせいぜい400人の集まりだったのが、市民の集まりに広めてから、このように参加者が増えたそうです。
アンザックデイは第一次世界大戦の戦死者を悼むことから始まって、追悼の対象をすべての戦争の戦死者に広げ、戦争の教訓を忘れないための日となっています。
市内のあちこちにあるアンザックの慰霊碑には必ずLEST WE FORGET (忘れないために)という文字が刻まれています。早朝祈祷集会に出たことで、その日がここの人たちにとって一番大事な日だということがわかりました。(利尚)


みたよ!きいたよ!◇Seen & heard!◆みたよ!きいたよ!◇Seen & heard!

◇ 校訓(モットー)
Prolepsisというむずかしいタイトルの写真展を見ました。辞書には「これから起こることを前もって現していること」と出ています。
小学生か中学生くらいの子どもの全紙大の写真ばかり10数点。
子どもたちは校章と校訓(モットー)を刺繍した制服やTシャツを着て、多くは薄暗い自然を背景に立つか座っています。それぞれの写真の下にはモットーが書かれています。
真実、丁寧、前進、最高を目指せ、誠実と奉仕、真実は強し……など。
しかし写真の子どもはどの子も幸せそうではありません。地面にうずくまっている子どもは自転車から落ちたのか、いじめにあって悩んでいるのか。この写真のモットーは「上を目指せ」Aim High ですが、この子にそんなことをいっても無理のようです。荒野にたたずみ、泣きかけている女の子には「真実」Truth、両こぶしを握り締め一生懸命耐えている小さな男の子には「前進」Go Forwardというモットー。
オーストラリアの政府はさまざまな移民を受け入れて、学校制度を共通の価値観で統一しようとしています。モットーの見直しもそのひとつ。しかし公立校のほかに私立校や宗教関係の学校もあり、一元化は容易ではありません。現実とモットーとの間のズレは大きくなっています。はたして新たなモットーは必要なのか、写真展はそう問いかけていました。 (Toni Wilkinsonの作品)(利尚)

◇ ポリス クリアランス(police clearance)
若い頃、宣教師としてオーストラリアにやってきて、いまはこちらの人と結婚、2児をもうけ、現在若い日本人の母親のために子育てセミナーを開いている女性と出会いました。彼女から母親が勉強している間の保育を頼まれ、外国で一つくらいボランティアもしなくてはと思い、引き受けました。両親とも日本人、または父親がオージー、といった乳幼児16人。ボランティアの保母さん4人。バプテスト教会を使っていますが、いくつも部屋があり、庭も広く、おもちゃや本、遊具なども充実しています。引き受けるに当たってびっくりしたのが、ポリス クリアランスという耳慣れない言葉でした。私を一年以上知っている人で、私に犯罪歴がないことを証明できる人のサインと、場所を提供する教会の牧師さんのサインが必要なのです。どちらも、私の目の前でサインをしてもらわなければなりません。もちろん、パスポートと、運転免許証も必要でした。特に幼児を扱う仕事なので、いわゆるセクハラや虐待を防ぐためだそうです。警察への届けには費用もかかります。
ビル清掃のアルバイトをしている若い日本女性も、ポリス クリアランスを提出したといっていましたから、対象となる仕事はいくつかあるのだと思います。(恒子)

◇ 刺青(Tattoo)
友人の大学生の息子がLifeの漢字を書いて欲しいという。生活・人生かな。
なにに使うのと聞いたら、刺青(タトゥー)を入れるのだという。ちょっと待って。腕をまくって、生活だなんていったら噴き出しちゃう。そりゃ「命」でしょう。むかしはお女郎さんが「○○さまいのち」とお客の名を細腕に入れたそうだ。現代詩人の「志乃命」という詩集もあった。かれがLifeと言い出したのはそんなことを聞きかじったからかもしれない。
大学生がそんなことしていいのかい、といったら、妻はここではだれもがしている、ファッションだから日本とは比べられない、という。彼はすでに太い腕にケルトの犬文様の刺青をしていた。腹にも南十字星があった。ヒーリングのためだそうだ。
「日本へ行ったら温泉へ入れてくれないよ」せいぜい、そのくらいしかいえない。(利尚)

 
秋の味覚 
柿や栗が並ぶマーケット
 
シニアが元気!!!

 


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第7号
2005.4.5

日本では桜便りが聞かれる頃でしょうか。こちらは少しずつ秋の気配が感じられるようになって来ました。街路樹 が黄色くなり、雲の様子が変わり、雨が降るようになりました。


去年の4月21日にパース空港に降り立ってから、早くも一年が経とうとしています。おかげさまで、二人とも風邪を引くこともなく、日々の生活を楽しんでいます。日本にいる二人の母、家族たちがみんな元気でいてくれたおか
げだと感謝しています。

一年もいますと、オーストラリアの社会が抱えているいろいろのことが少しずつ見えてきて、とても面白いです。時には感動したり、時には憤慨したり。そしてこちらに住む日本人、特に若者の実態も見えてきて、考えさせられることも多いです。いずれ少しずつこの通信でも報告ができたらと思っています。

先月は夫がしばらく日本に帰っていました。今月はわたしが2週間ほど帰ります。息子曰く「お父さんは桜の前にオーストラリアに戻り、お母さんは散ってから来るんだね」
今号もお読みいただければ嬉しいです。(恒子)

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★ シェアハウス
シェアハウス(賄いなしの下宿)の入居者を募集する広告に、家主は人種・性別・年齢の条件をつけられないと聞いてびっくりしました。法律で禁じられている。許されるのは喫煙者の拒否だけ。この国では差別についてはきびしく対処していると思いました。
広告は大学の掲示板に出たのですが、その家に入居したのはジンバブエ・韓国・日本の女性三人とチェコの男性という、さまざまの国のひとでした。タイ出身の家主を含め、まさに国際的です。しかし後で聞くと、家主は男性を入れたくなかったのだそうです。
ちなみに、シェアハウスはいま増える傾向にあり、若者はフラットよりも安いのでこちらを選ぶようです。家主は日本人のシェアメイトを歓迎しています。その理由は日本人は部屋をきれいに片付けるからだというのですが、それよりも、おとなしくて問題をおこさないということにあるようです。週末に騒がないということもそのひとつでしょう。(利尚)

★ 住民投票の結果は?
2月26日、西オーストラリア州の総選挙がありました。国は保守連合ですが、WAは引き続き労働党が勝利をおさめました。たまたま私たちが日本語補習教室に借りている公立小学校が投票会場になっていました。以前にも触れましたが、投票は権利であり、義務というこの国では、投票率が90パーセントを越えます。家族連れがひっきりなしに会場を訪れ、さながらお祭のようでした。中庭にはホットドッグ屋さんが屋台を出していました。

また今選挙では、投票と同時に2つの質問が有権者に問われました。第一問は、パース市内の平日営業時間を午後9時までに延長することへの賛否。第二問は、日曜営業時間を6時間にすることへの賛否でした。買い物の利便性だけではなく、大型店舗と地元個人商店との生存競争に関わるものだったようです。結果は両方とも、反対が多く、今までどおり営業時間は延長しないことになりました。現在は、週一日だけ、夜9時まで開いており、日曜日はシティーのみ、午後開いています。シドニーやメルボルンなど東海岸の大都市はもうずいぶん前から実施されているそうですが、パースの住民は、まだしばらくは静かな環境を望んでいるのですね。ちなみに私たちの友人は、「もちろん反対した」そうです。このような問題が、住民投票で決められるなんて、なんと民主的な州だろうと感動しています。(恒子)
                      

 
週末には、友人たちが
集まっておしゃべり
 
パースのシンボルKings parkで


みたよ!きいたよ!◇Seen & heard!◆みたよ!きいたよ!◇Seen & heard!

◇ マッチョのビール
オーストラリアは鉄鋼労働者・自動車修理工・羊毛刈込み人で代表される、マッチョ(男性)の国といわれてきました。しかしそれは建て前で、いつの間にか今ではホワイトカラーの数がブルーカラーを越えています。また都市化・ファッション化も進みました。その文化度を示す目安が新旧のビールの銘柄だ、と友人はいいます。
古いマッチョ・イメージのビールはSwan,Emu, XXXX, Foster's, VB など。それに対しておしゃれなブティック・ビールはCrown, Cascade, James Boag, Cooper's などで、この10年に出てきたものです。 目下、パース空港で売っているビールの取り合わせセットはまだ大部分がマッチョのビールですが、そのうちに友人がいうように新しい銘柄にかわるのでしょうか。(利尚)

◇ 医療レベルは?
将来オーストラリアに住みたいと思っている知人からのリクエスト。私たちはまだ一度も医者にかかっていないので実感はありませんが、こちらの友人に聞いたところでは、レベルはかなり高いということでした。医療機関や保険のシステムはかなり日本とは違っているようです。医療費は結構高いそうですが、健康保険(公的、個人の両方)に加入しているので、問題はないそうです。低所得の若い人たちは公的な保険だけだそうですが、充分な医療が保障されているとのことです。ただし救急車は有料。もちろん保険でカバーされますが。
いわゆる退職者ビザでこちらに住んでいる人に課せられる保険料はかなり高額です。(年間35万円前後)日本語医療センターがあり、医者はオーストラリア人ですが、日本語通訳が付きます。歯科も日本人経営のクリニックもあり、医療面ではあまり心配はないように思います。ちなみに夫は、観光ビザで入国しているので海外旅行保険のみ。
私は今年から学生ビザなので、健康保険は強制です。(年間3万円弱)(恒子)


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第6号
2005.2.1

スマトラ沖地震(こちらではBoxing Day Tsunamiといわれている)の悲しいニュースで明けた2005年、今なおこちらでも毎日関連ニュースが流され、募金活動も続いています。

みなさまはどのような新年をお迎えになったでしょうか。

私たちは元旦をビーチで過ごすなど、真夏のお正月を楽しみました。しかし、10年前にもここの夏を体験しているのですが、今回は暑さが以前よりこたえる気がします。
週末には、家族や親戚が
集まってピクニック


歳を重ねたせいかと思っていましたら、もちろんそれもあるけれど、オゾン層の破壊がかなり進んでいるためだろうと、友人が言いました。その友人は、何年振りかでアデレード(南オーストラリア州の州都。パースより南にあり、南極に近い)の実家で夏を過ごしてきたのですが、じりじり焼けつくような暑さに、オゾン層の破壊が進んでいることを実感したそうです。老若男女を問わず、ビーチや公園で甲羅干しをしている多くの人たちを見るたび、大丈夫なのかなと心配になってきます。
そんな真夏のパースからお届けします。お読みいただけたら嬉しいです。(恒子)

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★ バード ウォッチング
いろいろな鳥がたくさんいて楽しませてくれます。まだわずかな間ですが、思い出すと、キングスパークでランチを掠めにきた白と黒との斑のマグパイ。ジョン・フォレスト国立公園ではブルー・レンとレインボー・ロキート。珍しいブルー・レンを見かけて胸をときめかせました。元いた家の近くの高いユーカリの大木にはガラが数羽。日が落ちるといっせいに滑空してきて、があがあ声を上げながら群れて飛んでいました。
散歩道で会った黒い小鳥はワッグテイル。お尻の羽を振ってわれわれを先導するように先へ先へと行くうちに、他の鳥の領域に入ったらしく、大きな鳥が飛んできて追い払われてしまいました。
この間は、駅からの帰り、夕映えの空を仰ぐと、4羽の大きな白い水鳥が悠々と飛んでいました。
朝寝ていると、たくさんの小鳥がつぎつぎと鳴きだします。6時になるとハトがきて、くーくー鳴きます。こちらの頭の中が日本語モードになっているせいか、それがタカトーリ・クン、タカトーリ・クンと執拗にくりかえしてきこえます。別のハトはヨカッタカイネー、ヨカッタカイネーとも。
ここの人も、鳥の鳴き声を pretty-pretty-pretty とか sweet-pretty-creature とかtwenty-eight と、やはり耳の錯覚を楽しんでいるようです。(利尚)

★ 苗字は要らない?
アメリカでも、ヨーロッパでもファーストネームで呼び合うのが当たり前の社会ですが、ここオーストラリアでは、苗字はないに等しい、そんな感じがします。私がここで Ms Takatori と呼ばれたのは、移民局でだけだと思います。隣近所も名前で呼ぶので、表札がないこともあって、まったく苗字はわかりません。ちなみにわが家のお隣さんは、ジョン、お向かいの女性はダラス。私たちは、夫はトシ(トシヒサなんてとてもとても難しい)、私は、オージーニックネームのサニーと呼ばれています。
どうしてファーストネームだけで呼ぶようになったのか、こんな説があるそうです。
オーストラリアは、ご存知のように主にイギリスからの移民で成り立った国です。ビクトリア朝のイギリスは、階級制度が厳しく、身分差別に苦しんだ人たちが、新天地ではみんな平等だと、お互いを名前で呼ぶようになったそうです。厳しい自然環境の中で友情が育まれ、地位や年齢の差を超越し、ともに生き抜いてきた歴史があるのでしょう。「あなたの友だちは、私の友だち!」と言って、日本から遊びに来た友人たちにも親切にしてくれるわがオージーの友。この大らかさ、なんともいえずいいでしょう?
私がこの国にほれる理由の一つです。でも、やっとことばが話せるようになった小さな子どもに、「サニー」と呼ばれると、さすがのサニーも「・・・」(恒子)
                      
みたよ!きいたよ!◇Seen & heard!◆みたよ!きいたよ!◇Seen & heard!

☆ 検査着は後ろあき
学生ビザを申請するのに必要な健康診断に行きました。この国は、結核を特に嫌うようで、胸部のレントゲン撮影は欠かせません。後ろあきの検査着を渡されて、このときはただ珍しいなと思っただけでしたが、内科検診のときこれは嬉しいと思いました。聴診器を当てるのも、おなかの触診も、すべて検査着の上からです。医者が男性の場合、女性にとっては、やはり嬉しいです。さすがフェミニストの国?(恒子)

☆ 4 SALE
「じゃあ、また」(See you)を CU とEメールではふつうに使っていますが、ここではこんな面白い短縮した表現があります。散歩していると、道路わきにおいてある車に「車売ります」とビラが貼ってあるのをよく見かけます。ほとんどが FOR SALE ではなく、4 SALE と書かれています。ちなみに、こういうところで売られている個人売買の車は700ドルとか1000ドルくらいです。1ドル80円として計算してみてください。
また、たまたま先日、町で見かけた広告には 4U (FOR YOU)というのもありました。(利尚)

☆ 郵便配達事情
表札がないことは上でも述べましたが、通りの名前と番号がいわば表札です。ですから、住所が合っていれば、郵便物は間違いなく届けられるわけですが、その代わり以前の住人宛のものも届きます。住所変更届は有料でしっかりしていますが、期限切れの郵便物は元の家に届いてしまいます。届いた郵便物を、どうするかは、受け取ったいまの住人の判断に任されるようで、うっかり前の住所に送ってしまった母からの絵手紙2通、とうとうわが家には届きませんでした。一体どこへ行ったのやら? 今日も、前の住人宛の"URGENT"(緊急)と書かれた封書が、わが家に届きました。急いで最寄の郵便局に返却しましたが、はてさて本人の元に再送されるのでしょうか?????(恒子) 

 
ウエーブロックにて
 
オーストラリアデー(1月26日)に
集まる人たち

 


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第5号
2004.12.15

「今朝はこの冬一番の冷え込みでした。」という朝7時のニュースのコメントを懐かしく思い出しているこのごろです。こちらは36度、37度と二、三日続くと、27度、28度になったりの繰り返しの毎日ですが、なんとも暑い!というのが実感です。外出好きの私もさすがに午後は出かける気分にはならず、もっぱら読書と昼寝です。でも、日曜日などに、友人から「ビーチへ行こう!」と誘いがかかると、「パースは夏がいちばんよ!」とばかりいそいそと行ってしまいます。
青紫の花をつけて、大いに私たちを楽しませてくれたジャカランダもそろそろ終わりで、これからはその名もクリスマスツリーとよばれる真黄色の花が咲き出し、町中まさにクリスマス一色の感じになってきます。
クリスマスコンサートやページェントもそれぞれの町の公園で開かれるようです。先日、パース動物園の広場で、満天の星空のもと、毛布にくるまってヘンデルのメサイアを聴いてきました。
これだけ暑くなると、ブッシュファイヤ(bush fire)とこちらで言う山火事の噴煙があちらこちらで見られます。夏の風物詩なんていうと叱られそうですが。
そんな真夏のパースから今年最後の通信お届けします。 (恒子)

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★ 「クレヨンしんちゃん」
日本ではオーストラリアの児童文学が好評という。冒険ファンタジーが320万部も売れているそうだ。ジョン・マースデンのものもベストセラーだそうだ。
こちらの子どもに日本のおみやげを何にしたらいいか迷っていたら、マースデンの中学生ものの一冊に、日本へ行ってきた女の子のおみやげが出ていた。可愛くて、気が利いたおみやげとして、万華鏡、日本人形、相撲のグッズ(ポスターなど)である。クラスの半分は日本語を勉強しているので、これらのおみやげはみんなから喜ばれる・・・
しかし男の子のおみやげに"可愛いい"はムリ。そこで思いついたのはアニメのビデオとコミック本。息子にすすめられるまま英語版「クレヨンしんちゃん」を買った。ブラジル版もあって人気の的だそうだ。舞台の関東の町は、いまや東京に次いでブラジルでは有名とのこと。はたして男の子が喜ぶだろうか・・・
ここでは大勢の子どもが小学校から日本語を習っている。子どもたちの多くは鉄腕アトムやピカチューをとおして日本への関心をもつ。ピーター・ケアリという人気作家が、かれの一二歳の息子がアニメとまんがにうつつを抜かしているのを見て、一体日本文化とは何だろうと、日本まで出かけていった。その探訪が本になって、いま話題になっている。(利尚)

★ 17歳までは、超過保護、でも・・・
それほど治安が悪いわけではないと思うのですが、小学生の通学は親の送り迎えが当たり前。外で子どもたちだけで遊ぶということは基本的にはありません。
また、車の運転免許取得が17歳からだからでしょうか、高校生でもどこへ行くのも送り迎えが当たり前の社会です。親は大変だなあと、思ってしまいます。最近は、電車やバスの便が著しくよくなったので、その範囲では親の負担が減ってきているようではありますが。日本語の勉強(大学受験)のためにわが家に通ってきていた高校生3人。来るときは母親の車、帰りは父親が仕事帰りに迎え。母親が都合の悪い日はお休みでした。ただ、学校が休みの日は、自分たちで電車やバスを乗り継いで来ていました。
送り迎え以外では、中学生、高校生はかなり自立しています。母親が働いているので、男の子もお弁当は自分で作るし、料理や家事もよくするようです。ほとんどの子どもが週末に、日本でいうコンビニや、レストラン、ガソリンスタンド、果樹園のピッキングなどのアルバイトをしていて、お小遣いは自分で稼ぎます。卒業したら、外国を回るということが当たり前なので、そのために貯金している子どもも多いようです。なんでも親がかりの日本の子どものほうが、もしかしたら過保護なのかな? (恒子)

◆◇ みたよ!きいたよ! ◆◇

PG M M+15 ???
映画やテレビドラマには必ずつぎのようなイニシャルが表示されています。
 G General Exhibition 一般向け
 PG Parental Guidance 親(保護者)の許可があれば子どもだけで見てもいい。 
 MA(15+) Mature Audience 15 years old+ 15歳以上であれば、大人(18歳以上)と一緒なら見てもいい。
 M Mature Audience 18歳以上
 R Restricted  成人のみ
暴力シーンや性的描写から子どもたちを守るのは大人の義務、それにしても細かく分けられていると思います。テレビゲームにも、PGマークが付いています。(恒子)

ファミリー・ツリー
系図の作り方」という市民講座に出てみた。系図屋がきて作り方が紹介された。次の週には図書館でプレゼンテーションがあり、先祖しらべに関心を持つ人が大勢集まった。会場には地域別にロンドンとかスコットランドとかウエルズとかの札があって、そこへいくと、台帳で調べてくれる。罪人という札もあった。しかし実際には難しいらしく、そこから先は系図屋さんが有料で手伝ってくれる。
また、系図づくりにはコンピューターのソフトもあって、マニュアルどおりにすればだれでも自分でつくれるという。友人のひとりが余暇につくっているが、出来上がった一部をみると、写真も入り、立派なものになりそうだ。そのうちユニークな庶民による歴史ができるかもしれない。しかし、こうしたところへ出てくるのは年寄りばかり。若い人は関心がないらしい。(利尚)

ハエ・はえ・蝿
散歩していても、ビーチに座っていても、ブッシュフライ(bush fly)という蝿が顔にまつわりつきます。オーストラリア大陸にふさわしく?なんとものんびりした蝿です。先日、口の周りにうろうろしている蝿を、息をしたとき思わず飲み込んでしまいました。そんな体験をしたのは、どうも私だけではないようです。後ですぐ水をいっぱい飲みましたが、何か効果があったかな? (恒子)

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満開のジャカランダ


      友人ジリアンの家のプールでふつうの人がプールを持てる国です!

 


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第4号
2004.10.24

ワイルドフラワーのシーズンも終わり、いよいよ長い長い夏の到来です。紫外線対策をしながら、オーストラリアならではの夏を楽しみたいと思っています。

9月の終わりに、パースから東へ600キロの金鉱の町カルグーリーへ行ってきました。行けども行けども赤土とブッシュの8時間のバスの旅。西オーストラリア州の広さを再確認した旅でした。
カルグーリーは西オーストラリア内陸最大の町で、1983年にゴールドラッシュが始まり、今も金の採掘が大規模に行われています。19世紀の後半の建物が数多く残っており興味深かったのですが、今も遊廓が残っていて、しかも営業しているという話にはちょっと驚きました。
今号も、みなさまからの質問にお答えするかたちでお送りいたします。お読みいただければ幸いです。(恒子)

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★ こんな本を読みました
毎日読書三昧と書きましたら、どんな本を読んでいるの?という問いをいくつかいただきました。大きなことは言えません。近くの図書館で借りてきて電子辞書を傍らに楽しんでいます。
いま、ここで話題の作家は1960年生れのティム・ウィントン。かれの旧作の映画化が決まり、3年ぶりの新作"THE TURNING"の出版にはずみをつけています。映画は日本でも上映された「裸足の1500マイル」(原題:Rabbit proof fence)のフィリップ・ノイス監督の作。原作も短篇集の近作もこのWAの小さな海辺の村を舞台にしたものです。作家も小さなコミュニティーに住んでいて、ただひたすら書いている。なにか信州に住む丸山健二をおもわせる格好いい中年。

十年前に何冊か買った彼の本は、オーストラリアのことばがなじめなくて、いつまでも読めないでいます。しかし大作"CLOUDSTREET"は戦後の労働階級の生活を書いているので、とうぜん、出てくるのは戦争を体験した人たち。

日本人としてはきちんと読みたいと思っています。
この人の作品には日本ということばが突如出てきて驚かせます。とつぜんにJap motor ということばが出たりすると、ぎょっとします。また戦争の遺物が貝の標本のようにそっと置かれていたり・・・
日本との戦争のことは、ここの人たちの記憶にしっかりと刻み付けられているのに、けっして表へ出てきません。ウィントンはその謎をそっと教えてくれそうです。(利尚)

★ マルチカルチャリズムのなかの食べ物事情
世界中の料理が食べられるのは、今やどこの都市も同じだと思いますが、ここパースも例外ではありません。特にマルチカルチャリズムが急速に進む今、なんでもあり!って感じです。パスタやピザ、ラザニアなどのイタリア料理は家庭でもよく作るようです。インド料理、ケバブなどのトルコやレバノン、イランなど中近東系料理、焼肉などの韓国料理、アフリカ料理、インドネシア料理、ベトナム料理、タイ料理などなど。しかしなんといっても中華料理店の数が圧倒的に多いです。ちなみに日本料理店も相当数あり、健康志向の今、大変人気があるようです。ランチタイムには、おすしなどを持ち帰るサラリーマンが列を作っています。

アジア食品の食材店もたくさんあり、日本のものはほとんどすべて手に入ります。豆腐は、オーストラリア人もよく食べるのでどこででも買えます。冷凍であれば納豆でもちくわでもウナギでも、です。大根や刺身用の魚はなかなか見つけられないので、手に入ったときはとても幸せな気分になります。ただこれらは少し割高ですから、肉類をほとんど食べない私たちは、結構献立に苦労しています。オージービーフは、日本でもとても人気がありますが、ここのスーパーで売っている肉は硬くておいしくありません。聞くところによると、日本に輸出する牛肉は特別な牧場で育てている牛の肉とか、本当でしょうかね〜。 (恒子)

   
わが家の前庭のボトルブラッシュ パースからカルグーリーまで600キロ続く水道用のパイプライン
スーパーピットと呼ばれる金鉱で(カルグーリー)

◆◇ みたよ!きいたよ! ◆◇

バラづくりが盛ん
初夏になり、あちらこちらの家の庭先にバラが誇らしげに咲いています。バラづくりが盛んなのはイギリスの伝統が受け継がれているということにくわえて、水が少ないこの土地で、芝生よりも水を欲しがらないバラが好まれるからだとか。ほとんど雨が降らない夏の水遣りはかなり深刻で、早朝と夕方、決められた時間内にスプリンクラーを利用しなければならないそうです。(恒子)

POLICE WATCH
テレビになぜか警察ものの番組が多い。日本でも放送された「バーナビイ警部」もある。主人公は少しふけたように見えるけど。BBCのものやスコットランド放送のものもある。
一体、何本あるだろう。人気の原因に犯罪の多発が挙げられている。
コミュニティー新聞のPOLICE WATCH欄には、前の週の犯罪件数を地区ごとに出しているので、犯罪が多いことは理解される。(われわれの住むベイズウオーター地区も少なくはなく、先々週は窃盗が15件・車の盗難が1件、先週はそれぞれ8件・2件)
電車の中には、大きなポスターで、「泥棒よ、よくきけ。科学的犯罪捜査はテレビのとおり行われているのだ。そしてテレビのとおり、犯人はちゃんと捕まる」とあった。番組のPRではない。しかし茶の間の話題をこんなふうに突きつけられるとは・・・ (利尚)

投票も土曜日
ご存知のように10月9日、2004年連邦総選挙がありました。ジョン・ハワード率いる自由党が大勝し選挙は終わりました。イラク戦争に反対するわが友人たちは、ちょっとがっかりしたようでした。ただ、労働党の対イラク政策もだいぶ後退したので、あまり期待してはいなかったそうですが。投票日の夕方6時にもう勝利宣言するハワード氏の姿がテレビに映りました。ずいぶん早いなと思いましたが、パースと東側では2時間の時差があることに気がついて納得しました。しかし、西側の人たちは、まだ投票が終わったばかりなのに勝利宣言は早すぎると、文句を言っていたそうです。日本では考えられないことですね。
ところでオーストラリアの選挙制度は全員投票制です。投票は権利であるだけでなく義務です。棄権した人は例によって罰金です。棄権の理由によって20ドルから100ドル以下の罰金を支払わなければならないそうです。だから投票率はいつも90パーセントを越すと友人は言っていました。そして投票日は土曜日。日曜日はすべて休みという伝統は、ここにも生かされていました。(恒子)


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第3号
2004.9.6

9月に入りすっかり春めいてきました。あちらこちらでワイルドフラワーが咲きはじめ、わが家の庭でも真っ赤なボトルブラッシュやグレビリアなどが楽しめるようになりました。パースも観光シーズン突入というところでしょうか。
約一ヶ月の東京滞在の後、パースに戻ってきて再確認したことは、以前よりはかなり上がったとはいえ、こちらの物価は日本に比べるとはるかに安いということです。年金生活者には、やはり大変ありがたいことだと実感しました。(カンガルー通信 第一号のコメントを訂正しなければいけませんね。)

カンガルー通信に多くの方から感想や記事のリクエストなど頂戴し嬉しく思っています。「毎日何をしているの?」という質問が一番多いのは、この物好きな夫婦に関心を持ってくださっているのか、それとも呆れられているのか・・・
今号は、そのへんのところからお届けしましょう。お読みいただけたら幸いです。(恒子)

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★ 毎日何しているの?
利尚は、毎日もっぱら読書、恒子は、思いがけず早く見つかった日本語教師の仕事(日本語補習校の手伝いや家庭教師)や、趣味のビデオ撮影などを楽しんでいます。いずれも基本的には日本にいたときと変わりません。しかし、その環境が著しく異なっているということでしょうか。日常的には、英語のレッスン、ドライブ、ウォーキング、ときどきは友人たちとの会食、映画やコンサート、小さなパーティーなど。ほとんど二人で行動していることが以前と大きく変わったことだと思います。ハプニングも起きなくなり、ようやく落ち着いてきたので、小旅行や長距離ドライブを計画しているところです。(恒子)

★ 日本語補習校って?
毎週土曜日の午後、日本語補習校でお手伝いをしています。永住者(希望者を含む)、または親のどちらかが日本人で、現地校に通っている子どもたちの教室です。子どもたちが日本語を忘れていくのを危惧したある両親が、国や日本人会など、どこからも補助金がもらえない中で、公立の小学校の教室を無料で借りて開いています。詳しい事情はわかりませんが、私は彼らの意気に感動し、今までの経験を活かして少しでも役に立ちたいと思っています。20人ほどの子どもたちが元気に通ってきていて、私は中学一年生の女の子と、日本の小学校3年生レベルの日本語を勉強しています。留学生、ワーキングホリデー、日本語教師アシスタントの若者たちが、ボランティアでお手伝いをしているようです。日本の若者も捨てたもんじゃないですね。(恒子)

ワイルドフラワーが咲きはじめた公園で、友人のマリリンと。

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★ 続・びっくりしたなあ
踏切の一旦停車は危険???
パースには、4本の電車路線があります。どの線も大体15分間隔で運転していて、結構踏切が閉まりますが、車は踏み切りで一旦停車しなくてもいいのです。うっかり止まったりすると追突されかねないとか。オー、コワ。(恒子)

活字離れなんてないのかな?
どこの町にも本屋が何件もあり、古本屋もいっぱい。電車の中でペーパーバックを読んでいる人が目立ちます。老若男女を問わずって感じですね。日本のようにマンガはないし、テレビもあまり充実していないからでしょうか。(利尚)

わが家は古道具屋!!
リサイクルの精神がかなり進んでいるのはご存知の通り。セコハンの家具屋やリサイクルショップがそこらじゅうにあり、フリーマーケットも盛んです。家具付の家を借りていない私たちは、電気製品以外はほとんどこれらの店のお世話になっています。
先日、ダイニングテーブル(6人用に伸ばせるもの)と椅子六脚をなんと、195ドル、配達料5ドルで購入!!! 現在1ドル80円として、16000円なり。その代わりテーブルクロスをちょっと張り込みました。ぼろ隠しに。ちなみに、ソファ、じゅうたん、ベッド(来客用)、洋服ダンス、バルコニーに置くテーブルと椅子、食器などは友人たちからの借り物。細かい生活必需品は、もっぱらフリーマッケットでゲット!!(恒子)

左に曲がります?
中古が花盛りの国ですが、なんといってもそのトップは車。最近新車が多く見られるようになり、経済の発展が感じられるところですが、まだまだ信じられないような車が走っています。交差点手前の道を歩いていたら、前方を走る作業車から「左に曲がります」という声が聞こえます。一瞬わが耳を疑いましたが、なんと日本製の中古車だったんですね。(利尚)

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毎週日曜日の朝、ショッピングセンターの駐車場で開かれるフリーマーケット。       パースの日本人教会の牧師で、無料の英会話クラスを開いているスティーブン・ヤング氏(アメリカ人)。
日本でも報道されている「メルボルン事件」の支援者。私たちも、時々行っています。


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第2号
2004.6.21

パースに来てちょうど2ヶ月が過ぎました。今は冬、朝晩少し冷えますが、日中はそれほど寒くはなく、薄いジャンパーかフリースで充分です。雨が降ったりやんだりしていますが長くは続かず、大きな木の下で雨宿りをしていうちにやんでしまうので、傘をさしている人はほとんど見かけません。私たちはなかなか日本の習慣からは抜けられなくて、折りたたみの傘をいつも持ち歩いていますが。(恒子)

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★ Sea Change
人生は「四〇にして惑わず、五〇にして成る」でしたでしょうか。そのあと、「耳順う」というのもありました。しかし高齢化・IT社会のいま、むかしの生き方は通じない、そう思って出てきました。
みんなが帰ってくる年齢になって出て行くのはどうしてか。おまえの年齢なら社会の隅で、小さくなっていればいいのに・・・ そういう声もあります。しかし妻と二人でしばらく日本を出て、新しい経験をしてみることにしました。
確とした目的はありませんが、邪魔にならないように、私なりにきちんと生活しようと思います。
そういう決意を述べたらOZの友だちは、それは大へんなことだ、Sea Change だといいました。辞書にありました。友人の息子のジェフが調べたら、シェイクスピアの「テンペスト」に出ているそうです。だけどまた、TVの人気番組のタイトルでもあった。

いま、陸の孤島といわれたパースは大きく変わろうとしています。人口と交通量の増加は9.11以来だそうですが、この急激な変わりようは目を見張るばかり。パースに住む人々はそれをはっきり意識しています。
青い空と静かな生活を期待してきた私たちにとって、二重の意味でまさにSea Change です。(利尚)

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★ びっくりしたなあ 
Are you happy?
車のディーラーでのこと、薦められた車が大きすぎると思ったことと、少し予算オーバーだったことで思案をしましたが、妻が気に入ったようなので買うことにしました。その様子を見ていた友人が、Toshihisa, are you happy? と聞いてきました。happy には、これでいいの?とか、大丈夫? などといったニュアンスが含まれるのですね。納得。(利尚)

オーストラリアは車優先社会
青信号になったので渡り始めると、右横から曲がってきた車に、思いっきりクラクションをならされて驚きました。なんとここは車優先だったのです。しばらくは、交差点を渡るのが怖くて怖くて・・・(恒子)

なんでも罰金
図書館の利用案内を見てびっくり。本の返却期間が大幅に過ぎると罰金。ここでは、駅に改札口もなく、いわば自己申告で切符を買って電車に乗りますが、検札がきたときに不正がばれたらかなりの額の罰金。運転中の携帯電話の使用、シートベルトの不着用など、取り締まりは日本よりも厳しく、多額の罰金が科せられるようです。(でも、ごみの分別はかなりいい加減だよなあ・・・)(利尚)

駅のホームに駐輪場
電車内に自転車持ち込みありにもびっくりですが、ホームに駐輪場があるのにはもっとびっくり。もっとも日本の駅前駐輪場のように自転車の数は多くありませんがね。(恒子)

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★ 引越ししました !!! 
6月6日、前号でご紹介しました「豪邸」から、かなり「可愛い家」に引越しをしました。一日中、鳥が来ていて、とても気に入っています。
最初の家は、日本にいる間に、環境などの下調べなしに友人の妹夫婦から暫定的に借りていたので、いろいろ不都合が出てきました。

・家が大きすぎてウサギ小屋になれていた私たちには、倉庫にいるみたいで落ち着かない。
・brand new(新築)のため家賃が高くて、まったくガーデニングがされていない。
・飛行機と車の音がうるさい。
・領事館の治安情報によると、あまりいいエリアとはいえない。

こんなことから、引越しを考え始めていたところ、大家さんが離婚し、財産を分けるために、近いうちに家を売ることになったというので、私たちもさっそく家探しを始めました。ここでの家探しの方法は2種類あります。

不動産屋に行って賃貸物件の一覧表をもらい、自分の車で見てまわり、気に入った物件があれば、不動産屋に内覧を申し込む。

車と同じで週末の新聞に、虫眼鏡がないと読めないような小さな字で、数ページに渡って物件の広告が出るので、それをチェックして自分で見て回り、オーナーと連絡を取る。

私たちも、数え切れないほどの家を見ました。何軒か内覧もしました。結局、新聞広告の、"Open Today"の家に行き、直接オーナーと話をして決めました。広告には間取り図はありませんが、詳しく説明されているので不便ではありませんでした。「日当たり良好」は、まったく見られません。家は、長い夏のために工夫されているからです。ちなみに、私たちが借りることにした家の広告は、次のとおりです。これで借りる気になるかどうか・・・