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イエメンだより#5
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元ツアコン水谷の
プライベート旅行
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出発前の準備 ≪マナー編A 物をあげること編≫
海外にいくと、いわゆる貧しい国の子どもたちに物をあげる観光客が多くいます。
一番多いのはボールペンかもしれません。
実は、簡単に物をあげることには反対の私は、ある日、友人であるイエメン人の息子の前でペン回しをやってみました。
ペンを使って、こんなものできるんだよ、の意味で…。
ところが…びっくりされるどころか…、
『(*^。^*)ウワァ〜、カラム、ショックラン! (ペン、ありがとう)』
と言って、別の意味で感謝されてしまいました。。。^^;
ネッ!見てくれた??ペン回し??と思ったものの、ま、しょうがないですね。
これからイエメンに行こうとする方々へのお願いがあります。
可哀想、お金ないのね、の同情から、お金なり、物をあげないでほしいということです。
彼ら、、、意外と、持ってるんです!(ペンとか、たまっている子も多いらしい)
この話は、実は中東だけでの話ではないかもしれません。
いわゆる発展途上といわれる国々に共通する点かも。
ツアーのお客さんで、古着やなにやら、沢山日本からお持ちになり現地の人にあげる方がいらっしゃいます。
とても素晴らしいことと思います……が、その心は??
と問いたくなることがありました。
いわゆる高級ブランドの服のお古をあげた方が、一言…
『折角あげたのに、着てくれないわ』と。
この方は、相手の方のため、というよりは、まるで自己満足のためにあげている。そんな気がしてなりません。
それもブランド。シャ○ル、バー○リー、などなど。
スーク(市場)のどこで、ウン十万もする服が売られているというのでしょう。
考えてみれば、普段接することもなければ、お目にかかることもないブランドの価値を、理解のしようがないのですね。
服をもらった彼ら、彼女らの感覚は、
『あら、洋服いただいたわ、買う手間省けたわ。普段着れるわね』
というもの。 それにお洒落感覚も国によって様々です。
こんな話もありました。
『物をあげても、ありがとう、って言われないのよね〜』
こと、イスラム圏では、神=人間の縦社会ですから、物を贈られた時は、
“プレゼントをしてくれた人を、自分のところに導いてくれたのは、神様。
神様、ありがとう”
と、こう考えるのです。思考回路が宗教によって違ったりします。
はたまた、こんな経験もしました。
あるお客さんが、目の前に数人しか子どもたちがいないし、といってボールペンや飴をあげたところ、
なんと細胞分裂のように後から後から子どもたちがわんさかわんさか来るわ、来るわ。
…結局、大喧嘩。
泣き出す子どもが現われるわで、それはそれは収集がつかず大変だったそうです。
世界って、人って、面白いですね〜♪
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何か物をあげるときには、見返りを期待せずに、ただただ奉仕の心のみ。
それだけで、良いのでは、と思います。
その物をあげるのも、誰にあげたらいいのか、相手のことをまず考えること。
世間を知らぬ子どもたちは、物をもらうことに慣れてしまうと、働く気力がなくなる、それに心もすれてしまう。
そんな空気を感じることができた中東エリア。
なので、物をあげる時は、誰でもかれでもというのはお控えなさった方がベターです。
お世話になった知り合いや、友人にあげる、これがベストでしょう。
もしくは、ある機関(例としては、チベット難民支援機関などなど)に渡してしまう。
こんな方法も良いかもしれません。
現地の人たちとは、シャーイ(紅茶)を飲みつつ、手振り身振りの会話とか、そんな日常生活の中での交流。物質交流だけでなく、いい感じで、心交流をできたら最高ですね!
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