このコーナーでは、海外経験豊富な日本人からのお便りを紹介していきます。
海外旅行、海外生活での個人的な経験談はとてもおもしろい!

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2010.5.25更新

イエメンだより#20

元ツアコン水谷の
プライベート旅行

東部 


◆郊外の魅力

今回は、サユーンから少し足を延ばした町の紹介。
タリム。
サユーンから車でだいたい30分くらいでしょうか。
必ずといってよいほど、ツアー行程の中には組み込まれる町。
観光目的で訪れる町にしては、短時間でまわれてしまう町です。
(=見所が少ないともいえます^_^;)

とにかく砂漠気候のために日中は暑く、そのような中での観光だったため、私の記憶に残るタリムの印象はある意味で薄く、だからこそ、ある心温まる出来事と、ある1箇所はとても印象が残っているのです。

心温まる出来事はというと(タリム添乗中)、暑さで頭の中がボォ~っとしていた時、命の次に大切にしている宝物である添乗ノート(いろいろな情報や調べたことを書き入れた手のひらサイズノート)をタリムの砂地広場に落としてしまったのです。
砂の中では見つからないわ~、とあきらめていたところ、ツアーの四輪駆動車の運転手の一人が探しにいってくれ、持ってきてくれたではないですか!  なんとその場にいた子ども達が見つけて、拾っておいてくれたというのです。おんぼろノートでしたが、なにやら大切なもの、オーラを感じたのだとか・・・
もう感動の極致、涙、涙でした。

そして、とても印象が残る場所。それは、いつもツアーで訪れてたアル・カフ宮殿。
元は18世紀の建物、アジアを拠点として商人として成功した一家の宮殿。『シンガポールの億万長者』として名を馳せたそうです。成功したので、19世紀終わりにタリムに戻り、ジャワ・バロック様式の家に改装。しかし、第二次世界大戦時の、日本のアジア侵略で、東南アジアとのルートが途絶えてしまって、アルカフ家もそのあおりを被ったそうで、一時は国内の内乱等で、サウジアラビア等へ亡命していたそうです。南北統一以降は多くの子孫が戻りつつあり、タリムの建物等修復事業を行っているとか・・・

100m外れから見ると、なんとも立派なお屋敷ですが、50m付近に近づくと、なんとなく廃れてきている様子がわかり始め、10mくらいから見ると、フム(-"-)・・・
よく言って『つわものどもが~』ということかしらね、という印象を持ちます。
こんなお屋敷ですが、お気に入りでした。
なぜなら、想像が楽しいから。昔はさぞ立派な家具もあり、子ども達はケラケラ笑って追いかけっこでもしていたのかしら、などなど♪ 今は、民族博物館(といっても、素朴。博物館のような役割をしている部屋は1部屋だけです)のようなもの。
その中でも、アジアンテイストの窓が好き☆ その場面が右の写真。

さて、車で走っていると、農作業をする女性達を見かけます。彼女達の働く姿を見ると、東部にきたなぁ~と実感します。
ハドラマウト地方では、たいていあの黒アバヤを着て、トンガリコーンのような藁帽子を被ります。雨季の時期には緑が豊富になるエリアでは、かなり作物も育ち背丈も高くなります。その季節に見るとあのとんがり帽子だけが、作物の上で動いているように見えて、かなり可愛らしくて滑稽(^^)!
女性達がしゃがんでいるため、帽子だけが上に出ているというわけです。
元々、日差しが強いこの地方、夏は言葉で言い表せない程。直射日光で、脳みそがふけてしまわないよう、帽子の高さを高くしたらしいのですが・・・。最近夏の日差しがとても強い日本でも使えるのでは?と思います。

そして、ハドラマウト渓谷付近を四輪駆動でムカッラに走行している間に見える景色も最高ですね!
ずっと続くイエメン版テーブルマウンテンの景色は、最高です♪ アメリカのグランドキャニオン等とくらべようもありませんが、イエメンでみるその雄大さは、言葉では言い表せません!
今は全行程アスファルトですが、以前は砂埃&ガタガタ道をサバイバル方式でした。
是非、サユーンへ行かれる方は、郊外へも足を延ばされることを、心よりおすすめいたします。

◆*◆*◆*◆*◆

20回に渡りお伝えしてきたイエメンの魅力。今回をもって最終回とさせていただくことになりました。
大概の観光地は網羅したつもりですが、まだまだイエメンの魅力は語り尽くせません!
10年前に比べれば、最近は本当に情報が豊富になりましたし、個人旅行でも充分満足できるほどの情報量ではないでしょうか。ただ、政治面では、よろしくない面で有名になっておりますが^_^;

ここでお願いです。

中東に好奇心をお持ちの方は、是非偏った目でニュースを見たり判断したりせず、大らかな視野で見ていただければいいな、と思います。
実際イエメンを訪れ、現地の人と話したり、自然の中に身をおいてボォ~っとすると、いったい何故政治の世界では大騒ぎするのかとても不思議になります。これは私自身の生涯においてのポリシーでもありますが、一方を聞いて沙汰せず、双方の考えを聞いたり、文化を味わったり、見たり体験できたら、と思います。
イエメンだけでなく、他の中東、アジア、欧米諸国、アフリカの多くの国に対してもそうかもしれませんね。人間、自然あっての世界です。お互い尊重しあいながらの、末永い平和を願います。

時に数ヶ月ぶりのUPとなり、申し訳ありませんでしたが、最後までお読みいただきまして、心から感謝いたしますm(__)m♪  ありがとうございました。
これからの皆様の旅が、幸あるものとなりますように、と祈ります。

GOOD LUCK(^^)d

 


2009.9.28更新

イエメンだより#19

元ツアコン水谷の
プライベート旅行

世界遺産~シバーム~の旅 


◆シバーム  ~もうひとつのたのしみ方~

今回はシバーム編第2弾です。
前回は、旧市街内のポイントでしたが、
今回は『あまりにも有名すぎる写真スポット』 のお話です。

『旧市街散策の後、新市街の丘にのぼってのパノラマ(夕日)見学』
はツアーでの定番コースであり、個人でも必ず行ってしまうほど、大好きな場所(景色)。
実際、とても《絵》 になる風景で、ポストカードにもぴったり。

おりしも、グループ観光客に遭遇しなかった日で、あたりは静か、吹く風の音も聞こえ、なんとも心地よい夕暮れのひととき。しばし写真を撮り、でっぱったデカい石に座り、ボォッとしてみる…。
シバーム(☆)の高層群を見ながら、空間利用の発想はヨーロッパの中世(★)と似ているな、と、突然哲学をしてしまった。

 ☆シバーム  雨季には突然の鉄砲水から町を守り、敵から守るため、ちょっとした高台に町はつくられた。人口(家族)が増えれば、町を広げるより(城壁拡張)建物を増築(上に上に)した方が簡単。
 ★中世ヨーロッパ  城壁拡張工事より、限られた面積で、上に上に建物を増築していった。
(工事中、いつ敵に襲われるかわからない)

人間とは、民族は違えども、言葉は違えども、思考回路はどこか似てると思う。
…なんてことを、新市街からパノラマを見ながら思いました。

旧市街と新市街を隔てるのは、道路と大きな広場。広場では、いつも子どもたちがサッカーをしていて、楽しそうな声が聞こえてきます。そんな子どもたちの声を聞きながら、
「今、世界のあちこちでおきている、テロや戦争。皆が肩の力を抜き、深呼吸して、〈人間の幸せとは、隣人の幸せとは、幸せに共存していくには……?〉をたどっていけば、戦争なんてこの世からなくなるのでは…」
と、壮大なることを考えてしまいます^_^。

あのでっぱり石は、どうやら、哲学的に考えるには最高の場所。

ちなみに夕日の見える確率。
今回の写真撮影の時は、少し雲が出ていました。
1年を通して行っていますが、綺麗な夕日を見られる確率は秋終わり~冬終わりまでが高いですね♪
やはり乾季のほうが、空気が澄んでいて、あと気温などの兼ね合いもあるかな、と思います。


◆子どもたちのことなど

さて、新市街で、避けては通れないもの。
それは、子どもたち。
サッカーをしている子どもたちの方ではありません。
ちなみにイエメンでもサッカーは人気スポーツです。現地で子どもたちとサッカーで交流を深めてきた知り合いもいます。
スポーツ(特にサッカー)で交流を考えると、男性はいいな、って素直に思います。もちろん女性でも、できる人はいるでしょう。何かひとつ!  ひとつでも特技があると、いいかもしれませんね。
いつぞや、仕事でコンビを組んでいたガイドさんの息子(2、3歳)の前で、得意(?)とするペン回しをやってみた私。

 「(*^。^*)ウワァ~、カラム、ショックラン!(ペン、ありがとう)」

と言って、別の意味で感謝されてしまいました……。

アラブ諸国では(ヨーロッパや南米もそうでしょうけど)、どうもサッカーだと、子どもたちの心にストレート直球で気持ちが届くようです。 ペン回し以外には、ごくたまにですが、歌(童謡)を歌ったことがあります。…これは直球というより~カーブ、という印象でした。
せめて空振りにならないよう、歌声に磨きでもかけておきたいと思います!

さて、シバームの新市街で会う子どもたちは、パノラマ見に丘へのぼる時に、
「手、ひっぱってあげる!!」と付き添おうとするのですね。
結局手もつながず登り、なんだかんだと一緒にいて、手をつながず降りてきても、チップ、チップと言ってくる。 たぶん、最初は足の悪い人に思いやりから手を持ってあげたのでしょう。そうしたら、チップをもらったので、味をしめた子がいたのかも。

後は、こんなお客様もいらっしゃるそうで……、
あまりにも、しつこいので、『ほれ、チップあげるから、あっち行って!』のタイプ……。
これは、悪い癖をつけてしまったものです(-"-) 。
お客様のすれ具合も相当なものですが、是非純粋な子どもたちには、すれないでいてほしいと思います!!!

そして、可哀想、お金ないのね、の同情から
お金なり、簡単に物をあげない方がいいかもしれませんね。
彼ら…、意外と、持ってますから!(ペンとか、たまってる子、多いらしいです)


さて次回は?


2009.9.29更新 

イエメンだより#18

元ツアコン水谷の
プライベート旅行

世界遺産~シバーム~の旅 


◆世界遺産「シバーム」旧市街のたのしみ

東部イエメンは砂漠気候。実際大半は砂漠地帯です。

8月など、日中は40度を軽く超えてしまいます。ここまで気温が高くなると、日中外に出ると日差しが強すぎて皮膚が痛い、という感覚。そして暑さに、脳みそが打ちのめされます・・・大袈裟ですが。
女性達、そして砂漠地帯では男性達も長袖を着用する理由を、身をもって理解できます。

もちろん女性の服装に関しては、気候だけが理由ではありませんけれど。1年を通じて、日中はとにかく気温が上がるので、シバームの観光は夕方になるまで待つのが通常。

シバーム旧市街を散策する時は、ただブラブラ歩くだけでなく・・・
・なんのヘンテツもないもの(例えばランプとか、庶民生活の匂いの感じるシーン・・・裏道とか)
・窓枠チェック(すべて違うデザイン。同じものはありません)
・扉の模様チェック(木製で結構年季の入ったものは趣あり)
などに注目しながら歩かれること、お薦めします♪

ところで、シバームを訪れるたびに、建物が少しずつ新しくなっているような気がします。
例えば、旧市街中、一番古い建物といわれる家があります。崩壊寸前のようなボロボロ状態、確か800年近く前の建築、と説明を受けたのですが、そのおかげで、日干し煉瓦の使用法を具体的にお客さんに説明できたので、助かってもいました。
ところが、3年前には、とっても綺麗になっていて、しかも新しい!!

「これが、最古ぉ~?????」と思わず、口走ってしまいました。
いろいろな秘境の世界遺産を訪れるたびに思うこと。

それは、≪古いもののはずなのに、完璧に修復されてしまって新しくなっている≫ということ。
是非ユネスコさんには、古さ加減を考えてほしいなぁ・・・と思います。


◆空中を移動するバケツ

さて気分をかえて、他に発見できる愉快なことは、高層ビル、もとい、建物の間の空中で拝見できる、「ご近所同士助け合い精神ここにあり」のバケツでしょうか!
もちろん紐でバケツを移動させますが、何度か移動中のバケツを見る機会に恵まれました♪

こんなやりとりがなされているのでしょうか・・・
奥様① 「ちょっとお向かいの奥さん、・・・・貸してくださらない?」
 お向かい奥方② 「あら、よろしくてよ。ホレっ!」
と、バケツがスルスル~と天空のロープ移動。

といった感じ♪
シバームに行かれる方、頭上をお見逃しなく!! 結構、微笑ましい図です。

主婦の知恵(わざわざ階下まで降りなくてすむ)、その土地に住む人々の知恵(女性が下におりて、もし敵に襲われたら大変)。人間の知恵はかくも偉大なり、ですね。


◆シバームのカート事情

さて庶民的生活といえば、カート。カートのことは以前に書きました。旧北(サナーやタイズなど)では、ごく当たり前の日常生活行動で認められていますが。。。
(カートについては →→「イエメンだより#6#7」をご覧ください♪)

実は、旧南(アデン、シバーム)では、ちょっと見方が違います。

①カートなんて、無駄遣い。
②カートを噛み始めると限度を知らない若者が、どんどんお金をカートに使いすぎるようになる。
③我々(旧南)は、進んだ地域の人間(昔から貿易人として有名な地域であり、お金持ちが多い地域でもある)から、旧北のような田舎人のする習慣を持つべきではない。

などなど・・・本当の話。

②に関して、北の人間は、噛む量の限度を知っているし、例えば自分に今300リヤルしかなかったとしたら、その分だけカートを買い、それで十分満足できます。

ところが、南はそうはいかず、たっぷり噛まなきゃ満足できない、挙句の果て、あり金全部使い果たすくらいの勢い・・・(なんかまるでパチンコ???)だそうです。。。
時には、家具を売ってまで、という男性もいるようですよ!
びっくり。こういう若者をみてしまうと、ますます親御さん達は、悪い習慣としてみるようです。

そして、外に出て公衆の面前でカートを噛むことはタブー!!
女性が噛むことは、ハドラマウトでは信じられないこと。

そのため、カートを噛む男達は、
「おい、今日はどこの家で噛む???」
「今日は、誰らが来る??」(あまりにも口が軽そうな人がいると行かないこともあるそうです。。。)
「じゃ、後でな」

とヒソヒソ~、コソコソ~(-"-)と真面目にしゃべるそうです。
口の軽い友人なり、知り合いがいる家にカートで行ったために、カートをしていることが奥様の父上にばれて、怒り狂ったその父親に、「カートなんぞ噛む男に、娘をまかせられん!!」と娘(つまり嫁)を勝手に実家に連れて帰ってきてしまったそうな・・・ってホントの話。

ところ変われば、見方も変わる・・・
同じ国でも、地域によって甲乙ぐらいの違いがあって、面白いですね!


次回もシバーム編です。


2009.8.12更新 

イエメンだより#17

元ツアコン水谷の
プライベート旅行

東部編(サユーン)


◆世界遺産「シバーム」に行くなら飛行機?

今回から、イエメンの東へ移動です♪
東には、なんといってもイエメン景色の代名詞、世界遺産「シバーム」があります。
画になる場所が多々あるのが東の特徴でもあります。

サナー発だとイエメニア航空でサユーンへ直行。
ツアーだと、砂漠を越えてサユーンに四駆で乗り入れることもありますが、なんたって時間節約なら
飛行機移動が一番です。
30分くらいの遅れなんて、よくあること、と寛大に構えていることがコツ。
12年前なんて、プロペラ機だった時あり、かといえば、2、3時間遅れるなんてしょっちゅうでした。驚くに値しませんでした。今となっては、貴重な思い出です。

さて、サナーを飛び立てば、景色の移り変わりを楽しみにしてくださいね!すぐ変化のきざしが見えてきます。

サナー近郊→砂漠の真上→果てしなく続くイエメン版グランドキャ二オン(言いすぎ??^_^;)
上空→シバム拝見!!(左側に見えました!今もそうかと思いますが)→サユーン空港ご到着



◆世界最高級といわれるサユーンのハチミツ


サユーンは、世界遺産のシバーム観光の拠点。
ホテルや、博物館、スーク(市場)等々あって中心地です。
今回の写真は、博物館となっている元王宮の中から外を撮った1枚。窓枠を額縁みたいに見立てて撮るのが大好きな私。この王宮からの眺めが一番のお気に入りです。中には、1940年代のイエメンを撮ったヨーロッパ人写真家の写真展もあって、結構お勧め!
時代の流れというのか、異国の空気を感じる空間☆行ったことない方、ぜひ、お試しあれ!


博物館のテラスから見える景色で、緑は全部ナツメヤシ群!初めてのイエメン添乗の時、サユーンで何が一番印象に残ったかといえば乾燥地帯なのに青々と茂るナツメヤシと流れる小川。
アラビアンナイトの世界そのもの、という空気で、感動しました。

首都サナー(サヌア)の旧市街も大好きですが、サユーンのなんとなく泥臭い、昔ながらの庶民的な感じがするスークも大好き。 サユーンのスークで、毎回必ず買うものがあります。 それは・・・

蜂蜜♪

たかが蜂蜜と、あなどるなかれ!!ここハドラマウト(サユーンを中心に呼ぶ地域名です)で取れる蜂蜜は、世界最高級とも言われ、そのためにお値段も世界で最も高いといわれているのです。近所のスーパーでお安く買う感覚ではなし。聞いた話で、サウジアラビアのお金持ち達がこぞって購入したがるとか。薬として使われたり、なんともバイアグラ的効用もあるとか\(◎o◎)/!

サユーンから、南に2時間くらい下りたところにWadi Doanというエリア(枝わかれしたワディつまり谷)があって、そこが主なる蜂蜜産地です。多くの村が、今でも少なくとも一人の養蜂家がいるというから、すごい。

さて、気になるお値段。No.1ものは、150㌘で、なんと1500リヤル(約$8くらいかな)。
それもちょっと交渉した後で上記の値段。いつぞや、同じ大きさで2000ほどしたことがありました。
ヨーグルトにかけて食べるのが好き!そして、喉が痛いときに、ちょっとなめてみる。

日本の近所のスーパーで買う蜂蜜と違うのは、濃厚で、英語でいえば、STRONG(味ではなくて、粘り)!!!! サラサラしていない。スークでは、時に蜂蜜売りのおじちゃんが、でっかい蜂蜜入れ物を突然さかさまにし、

『ほれぃ!見てみぃ!!さらさらしとらんじゃろ!フォッフォッフォ』

と、とっても誇らしげにふんぞりかえっている。

購入するとビニールテープでふたの部分を巻いてくれて漏れないようにしてくれるが、このままだと実は、必ず漏れてしまう。日本からガムテープを持っていかれるか、もしくはビンを持っていって入れ替えるかがお勧めです。

蜂蜜店が集まるところは、王宮の前、道路を挟んで向かい側にあるマクハー横の細い路地をぬけた辺りに集中している様子。(その細い路地も、途中二股に分かれるので、右側に行ってネ)もしくは、それも迷ったら、いったん王宮の前に戻り、王宮を自分の右にして道路を歩いていくとちょっとした広場があり、その付近。

ぜひ、お試しあれ。

次回は、世界遺産探検です♪


2009.7.8更新

イエメンだより#16

元ツアコン水谷の
プライベート旅行

北部編(シャハラⅡ)


◆シャハラ 夢にまで見た あの橋!

前回にひきつづき、シャハラへの旅です。

シャハラの宿に着いて、即お散歩。

上からの景色を堪能した後、夢にまでみたあの橋に向かいます。宿から、結構歩いたと思います。途中から裏の段々畑の間の細い道を通り、さらに裏道を下っていき、20分くらい歩いたでしょうか・・・

そして、橋に到着!!
『とうとう夢かなったね!!とうとう来たよ!!』と友人と2人、感極まりました。

なぜ、夢にまでみていたか・・・とても不思議な感覚と思われるかもしれませんが、まず通常のツアー観光では行かない箇所ですが、イエメンの代表景色の一つには必ずこの橋が入っているんです。

車で数時間で行けない場所に、これまた山のてっぺんに橋が作られた、というような地理や歴史を勉強している内、興味もますます膨らんでいったのだと思います。


◆橋を行く地元のひとびと


さて、現地では、暫く時間をもらい写真を撮り、ビデオを撮り、しばしボォ~っと眺めていました。

そこへ、現地の女性が水がめを頭に載せ、歩いてきました。何も言わずただ黙々と橋を渡り、そしてそこから続く昇り階段を、ただただ上っていきました。その水をくむために、彼女はどれだけ歩いてきて、そしてどこへ帰っていくのだろうか・・・

そんな見もしない彼女の生活を想像しました。確信できること、それは、『足腰丈夫』。普段便利な生活に慣れきっている人たちには、きつい坂道、階段。ハァ、ハァと息咳きっている横を、イエメンの人たちはヒョイヒョイ平地のように歩いていく。まいったなぁ・・・。

そして、橋の近くの崖には、何か文字が書かれていました。いったい、どうやって書いたの?!!と、その執念に半ば呆れ、でも感動しながら見ていたら、ガイドが『あれは、アメリカへのバッシングだよ』と。イラクへの攻撃が始まる時期だったので、そのアメリカの姿勢に世論が騒ぎはじめていた頃だったので、彼らの気持ちはよくわかりました。

そんな時、ちっちゃい男の子がやってきました。
ちょっとインタビュー。名前はムクタール君。なかなかの、ハンサム君系。青年になったら、かなりの精悍りりしい表情になりそう。手には、何か買い物をしてきたのか、黒いビニール袋が。
中には、なんとカート。誰の??と聞いてみたら、『僕のだよ』とあっさり。え??まだ子供なのに!!と思いつつ、でも山岳の子供達、とくに親がカートを育てていたら、結構小さい(若い)時からカートを始めるのも不思議じゃないと、いつかガイドから聞いたことを思い出したので、まぁそれもありなのかなと。
ムクタール君と別れた後、彼の歩いていく後ろ姿をみて、『彼は、どんな青年になり、どんな人生を歩んでいくのだろうか??』と、彼の幸せを願いつつ、私達も橋を後にしました。


◆満天の星、でも夜間外出はご法度!


宿屋への帰りは、別の道を。
こんな山奥に、それも日本人女性2人が来るとは、 よほど、珍しいのでしょう。ちっちゃい子供達は、珍しそうについてきます。クルッと後ろをふりむくと、もういない。まるでかくれんぼ!

ある店には、なんとテレビが!。CNNが流れている。そこへ、1人の爺様が現れました。『アメリカは悪だ!アメリーキー!ムシケラー!(アメリカ、問題あり!)』と叫んだ爺様。
すかさず、『アイワ!アイワ!(そうよ、そうよ)』と私達。日本人の中には、罪もない庶民が死んでいく大儀の戦争などあっていいはずがない、と思う人もいるのよ!!とここぞとばかりアピール。

そうこうしているうちに、日も傾いてきて、各家の煙突からは煙が出てきました。きっとご飯の仕度だな!となんだか、家族の温もりを想像し、心が温まりました。

山の上にもかかわらず、なんとも立派な夕食。ホブズ、チキン入りスープ、ピラフ、卵とトマトの炒め、蜂蜜ケーキ、そして野菜炒め!美味でした。ただし!やはり想像していた通り、シャワーの水はほとんど出ず。

夕食後は、外は真っ暗。もしや星が綺麗なのでは~!!!っと友人と外へ出たら、もうそこは満天の星空の下でした。あの感動は一生忘れられません!
澄んだ空気、ひんやりとした夜、好条件が重なったよう。2人で、時間を忘れボ~っと星空を眺めてました。と、傍らに人の気配が。あのシャハラガイドが、『外国人は夜、外を歩いちゃだめだ!』と一言。
まぁ、大袈裟ではあるけれど、女の子だしということなのでしょう。星空満喫で、もはや言う事なし!!私達は、すんなりと部屋へ戻り、寝袋に入って、いつのまにか寝ていました。

ベッドなどないので、寝袋持参が当然なシャハラ旅。今はどうなのでしょうか、シャハラに行く予定をたてている方は、是非旅行社に確認してくださいね!

翌朝は、素朴に紅茶、タムリア(なつめやしの入ったクッキー)、揚げパン?を朝食に摂り、とうとうシャハラとはお別れ。同じ道を今度は下り。徐々にあの橋の景色が遠ざかるにつれ、『またいつか来たいなぁ~』と希望を胸に、サナー(サヌア)へと向かいました。

次回からは、イエメン東部へ移動します♪
世界遺産で有名な地域も訪れますので、お楽しみに\(^o^)


2009.5.15更新 

イエメンだより#15

元ツアコン水谷の
プライベート旅行

北部編(シャハラⅠ)


前回はアムラン・サーダとご紹介しました。今回は、さらに秘境と言われる、シャハラへの旅です♪
私自身、イエメン好きな友人と共に、いつかは旅をするぞと夢みてきた地。
通常はサーダで1泊して、翌日シャハラへ向かう行程が無理なく良いとのこと。シャハラで1泊して、翌日サナーへ戻るという計画をたてました。


◆シャハラ道中記!


とうとう長年の夢がかなえられる時がきた!との意気込みで、起床。さっそく四駆へ乗り込みサーダを出発! 途中からシャハラ人ガイドと、軍の車も一緒に走ります。山岳部族地帯であり、部族同士の結束が固い地域でもあるそうです。昔は、ヤギ1匹が別の部族の領域に入ってしまっただけで、争いがおきたというから、驚きもの。途中から乗ってきた軍人さん。彼らは、一見怖そうに見えますが、意外と気さく。ガイドからは、「軍人の写真は撮ってはダメだ」とよく注意されましたが、彼らも人の子。写真を撮ってくれとせがんできて、意外や意外、お茶目。


シャハラへの道中、ファルワという村を散策。朝早くから女性達は、アバヤ等黒で目以外をしっかり覆い、畑仕事に精を出していました。イエメンの女性は、こういう時凄いなぁと思います。畑仕事というと、日本でのイメージは男性の仕事。ここイエメンでは、女性。確かに、買い物は男性の仕事(アクセサリー以外は)なので、ある意味、役割分担が決まっているのかな、とも納得できます。さて、ここを出てまた走り続けますが、途中からガタガタ道。今までの綺麗な道路は日本の協力で完成したとのこと。これにより運搬時間がかなり短縮されたと言っていました。

 
さらに行くと、「ボトル・ツリー」という珍しい花?(潅木)を見ました。ピンク色の可愛らしい色の花。でも他は乾燥しきっている枝のみ。乾季の時期というのは、植物も生きていくためになんらかの進化をそれぞれ遂げています。不思議な生命力。別名「砂漠の薔薇」とも言われるそう。この木の学術正式名は、ADENIUM OBESUM。キョウチクトウ科、多肉多汁組織を持ち、ミルクに似た樹液は有毒で、矢の先に塗り、狩に使ったといいます。

 
途中、合流するはずの警察が来ず、検問所でしばし足止め。やっと1時間遅れでやってきた彼らに理由を聞いてみると、こんな答えが返ってきました。「子供を病院へ連れていったのだ」と。考えてみれば、子沢山の田舎、5~6人のやんちゃ達がいれば、毎日何かとおこるわね…そう考えると怒る気も失せました。そして、シャハラのガイドを乗せ、いざ!シャハラのある山並みの下まで四駆でたどり着きました。私はてっきり同じ四駆で、上まで行くものと信じこんでいたのです。すると、また質素な小屋のある所で、小汚いトヨタ小型トラックがさりげなく待機。サナーから同行していた友人ガイドが、あたかも当然という表情で「あの山のてっぺんに行くに、普通の四駆じゃ無理なんだよ、だから馬力のある中古のトヨタが最高さ」と言いきった。一体、どんな道が待ち受けているというのでしょうか…。

 
実際、すごい道でした。出発した時は(まだ山の裾野)、余裕の笑顔で友人とお互い写真なりビデオなり撮りあう余裕あり。実際ここに来るまでは≪いつかツアーに組み入れられたらなぁ…。他社にも無いし!≫と密かに案を練っていたのが、ところがそのうちに、こう思うように。「こりゃ無理だ!」。とにかくこの急傾斜!!  ガードレールもない!! 一体、傾斜は何度なのか。聞くのを忘れてしまったけれど、間違いなく、中途半端に止まれば車が滑っていくのは、容易に想像できる。景色を楽しむ余裕もなく、必死に荷台に乗り、しがみついてました。シャハラは、ほんのすぐそこの印象だったのが、なんのなんの…。遠い、遠い!!!  まるで懐かしい某人気番組だった『~滞在記』だね、と言い合っていました。着いた時には、もうお尻は痛いわ、グッタリ!


◆山岳地帯の典型的な村シャハラ

 
シャハラは、海抜3,000m。村は、Jebel Al Amir(2,500m)山の上。難攻不落の村。100年前(20世紀)、トルコ軍に対し、イマームヤヒヤはここから猛攻撃をしたそうです。
23の貯水池を持ち、2,300人が居住。ガイドの話によれば、サナーに出稼ぎに出かけている人が8割方なので実際は500人程度。

 
到着したものの、そうのんびりグッタリしている暇はなく、まずは今日の宿屋にチェック・イン。といっても、別にフロントがあるわけでもなし、宿屋にガイドと入ったことで、「すでに暗黙の了解チェック・イン」のようなもの。なんとも楽♪  私達の宿は、写真集でみるような、典型的イエメン山岳地帯の建築物。感動しますね (#^.^#)

 
さて、たった1泊のシャハラ。くつろいでいる場合ではない!!ということで、宿屋を出て、しばしの散策。まずは展望から。この日は晴れて、視界も良く、下までずっと続く段々畑にできている影が、風情をかもし出していて、また素敵!!  しかし、まぁ、よくもこんな高台?(山のてっぺん)に家を作り上げたもの。そして、こんな高いところまでよく車で来たわ…とも。建築用材料運びはどうしたのか…などなどと疑問はつきません。でもこう思いました。人間は環境に適応して、生活していくものなんだ、と。何もかも恵まれている日本人や、いわゆる先進諸国と言われるヨーロッパなりアメリカに住む人たちは、天災が起きようものならいったいどうなるんだろうな、とも考えました。こんな時、自然に逆らわず生きている人たちは強いのだろうな…といろいろ考えながら、景色を眺めていました。

 そして、とうとう!!あの夢にまでみた橋に到着します。

次回は後半編です♪


●イエメン旅行へのお問い合わせは、国際力.comへ

住所 : 東京都渋谷区渋谷1-19-8 岡田ビル2F
E-mail: soudan@kokusairyoku.com
電話 : 03-5485-2570


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2009.3.30更新 

イエメンだより#14

元ツアコン水谷の
プライベート旅行

北部編(アムラン~サーダ)


さて桜の季節になり、もう春ですね♪
イエメンでは、首都サナー(サヌア)は朝晩はまだちょっと寒い感じですが、サユーン(東部の町。砂漠気候)などは、徐々に暑くなってくる季節です。

今回から北部への旅です。しばし北部への旅におつきあいくださいませ!

ツアーでは、毎回入る地域ではないのでとてもレアです。北部の山岳地帯はとても濃い部族社会が繰り広げられていることで有名です。そのため、アムラン、そして時に観光でアムランの西の町ハッジャを訪れますが、旅行会社も安心して送り出せるのはこの辺りまでではないかと思います。


◆アムラン---裏町の建物が特徴あり!

まずアムラン。サナーから北50km。四輪駆動車だと1時間ほどで着きます。北部への分岐点の交通要所として有名な町。サナーを少し離れたところで、チェックポイントがあります。このチェックポイントは、イエメンを旅する上では避けては通れない関所です。厳しいというより、観光客が安心して旅ができるように、観光客を乗せているドライバーが交通手形なるものをしっかり持っているかのチェックのためなんです。が、道は誰が通るかわからないということで、結構時間をかけてチェックをしたり・・・という時も。私が旅する時は、いつも友人所属の会社を通すので安心。それが個人旅行ともなると、色々手続きが大変なのが北部への旅です。

北部へ行く時に、警護の意味も備えてパトロール隊?がつきます。気分はまるで大統領ですが、時にニュースになる誘拐事件諸々が起きると、その度に政府は非常に敏感になり、よりチェックを厳しくしたりパトロールをつけることを強制するんですね。まぁ、ありがたいことではあります(^^)

イエメン・アムランの子供達アムランに到着すると、いつもながらの光景で、ちっちゃな子供達が近寄ってきます(今日の写真)。いつもいつも。どうも、この町は外国人慣れしているのか、陰でこっそり見るような子達ではないのです。

そして私の独特赤ちゃん級アラビア語、子供達の『ワット・イズ・ユアル・ネーム?(あなたの名前は何?)』というような、英語とのチャンポン会話を楽しみながら、子供達と一緒に少々散策をすることになります。サナーのような首都、タイズのような大都市ではない、素朴な町。だから、ちょっと裏を散策すると、人の息遣いが聞こえてくるような庶民的空気も味わえちゃうんです。

そして建物が、アムラン独特といいますか、基礎となる部分+1階は石作り。2階から上が日干しレンガと粘土を混ぜたものを使っています。サナー旧市街と似ていますが、やはり雰囲気が違う。サナーほど綺麗に整っているというような感じではないのです。素朴なんですね。かもし出す景色が。これは見てみないと実感しずらいかもしれません。


◆サーダ---石鍋の生産地

さて、さらに北部のサーダ。サウジアラビアまで80㎞という近さにこの町は位置しています。製鉄が主な財源。旧市街を取り囲む城壁は16世紀のもので、そのままのレイアウト。約12年前など、ツアーに入っていました。当時の日程はとてもハード。サナーから日帰り^_^;。片道を、四輪駆動で飛ばして4~5時間。『これだけ時間をかけて行き、現地ではたった2時間位の滞在~!!??』と言っていたものです。

こんな苦労をしてまで、長時間かけて行く価値のある町かどうか。今は、≪ハイ、とても貴重な体験でした♪≫と自信をもって言えます。当時は・・・というものでした。車に乗っている時間の方が長かったからでしょうね。

城壁内側の町は、思うほど古いものが沢山残ってはいません(1992年~93年に町再建という歴史がありますから)。4年前に、次回に書く予定のシャハラへ向かう途中でサーダに宿泊したことがありますが、まともなホテルはありました。ただしお湯は・・・まぁまぁですね。部屋からはサーダ旧市街の城壁が見えて、洗濯物がところどころに干してあり、なんとも、のどかでした。城壁の上を歩くこともできて珍しい体験をしました。

そしてスーク(市場)も地元生活を覗けて楽しいです。サーダは、北イエメンの家庭料理サルタに使う石鍋(ハラージー)の生産地。とても良い物が生産されるそうです(良い石SOAP STONEが取れるから)。

以前は、この町にユダヤ人が沢山住んでいたそうです(歴史は、遠くシバの女王の時代まで遡り、ソロモン王との知恵くらべのあと、シバの女王が現地イスラエルにいた腕のたつ銀職人ユダヤ人達をイエメンに連れてきたというのです。以降代々イエメン人として暮らしていましたが、イスラエル建国(1948年)に先立ち、多くが旅立っていったそうです・・・

ちなみに少数がいまもイエメンに残り子孫が住んでいるそうですが、主にはサーダの郊外RAYDAH付近に住んでいるとのこと)。写真集で見ると、イスラエル人のように、彼らは頭の上にチョコンと帽子をかぶり、もみあげから髪を伸ばしていますから、なんとも不思議な光景です。


イエメン北部は、ツアーに入るような有名な地域ではないので、ある意味とても貴重です。山岳部族の濃い伝統が残っている地域も多く、外国人が1人で旅行するというのは控えた方が良いかもしれませんね。女性が1人で旅行だなんて信じられない!≪おぉ、神よ~\(-"-)/!!≫反応を示す地域もいまだに存在するといわれる北部。

ちなみに次回予定のシャハラへは、友人と2人の旅でしたが、イエメンの旅行会社に依頼してガイドさんや車等の手配を頼みました。とても珍しい旅です、どうぞお楽しみに!


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2009.2.27更新

イエメンだより#13

元ツアコン水谷の
プライベート旅行

紅海沿岸編

イエメンの西、紅海に面している町々を紹介します。


よくツアーでは、サナー(首都サヌアとも表記される)からハジャラ経由でホデイダへ行き1泊、そして翌朝ホデイダの朝の魚市場をちらりと見学して、ティハマ地方の観光(世界遺産のザビード等)をして、モカに寄って、タイズへ向かう、という行程が多いですね。

紅海沿岸の町でお気に入りのエリア?町?というか村で、コーハということろがあります。
やしの葉っぱを屋根として載せたような、素朴な小屋のような部屋のホテル(海に面しています)に宿泊するツアーに添乗したことがあります。実は、それがとっても印象に残っています。当時使っていた、現地の旅行代理店の名前のあとに、campと申し訳なさそうについている、そんな素朴なホテル。電話もなければ住所もない。おそらく旅行社が作ったのか・・・
今は、インターネットで調べると、ちょっぴり豪華なリゾートホテルのようなものがあるそうで・・・
あの素朴な時代を懐かしく思ってしまう私です。あれは10年ほど前のことでした。


◆ホデイダ---
魚市場がたのしい

さて、まずは沿岸の町ホデイダ。かつて1970年代には、貿易が盛んで≪世界でも超混み港≫として名を馳せていたそうです。今はイエメン内でその地位をアデンに譲っています。そんな街です。見所といっても魚市場くらいでしょうか。規模は小さくて、面している港も狭いですね。けれど庶民的活気があるし、カラフルな木造船群、それに、保冷用の大きな氷を運ぶ荷車、捕らえられたサメ(注:ジョーズサイズでなく、ミニサイズ)は被写体としてとても魅力的♪
年中気温は高く湿気があり、常に半袖一枚でOK。ただし、漁師達は裸足で汗まみれ、いかにも漁から帰ってきたばかりですといわんばかりの、汚れたフータ(腰巻)をお召しになっている。ので、行ってみようと好奇心旺盛な皆様は、白いシャツや、綺麗な洋服を着ないほうが無難です(^_^;)接触して汚れてしまってもいいような洋服をお召しになってくださいませ!


◆モカ---
かつてのコーヒー積出港

そして、お次はモカ。モカといえば!! コーヒーでしょう!! 
というわけで、特にご年輩のお客さんからは、≪何を楽しみにしているか≫⇒≪モカ!!≫という返答がとても多いのです。昔、モカはコーヒーの積出港として繁栄した歴史的にも有名な町。
ところが、そんな繁栄は過去の栄光で、今は、なんとも寂れてしまった町、というか村的な存在に思えてしまいます。モカ港は1800年代中頃に砂州で閉鎖され、その後コーヒーはホデイダ港やアデン港から輸出されているからです。

車が着くと今まで人っ子一人いなかったのが、ワッーとやって来る。観光客目当て。ものめずらしくもなくなっている今日は、何かもらえるのではないか(ペン等)そんな期待を持って。 まるでアメーバーの分離状態。
欧米では17世紀頃から日常的にコーヒーを飲みだし、そのコーヒーを一手に輸出したのがモカ。モカがコーヒー味の代名詞にもなったというわけ。今でも喫茶店等で、モカコーヒーを飲めますが、エチオピア産がほとんどだったり。
折角のイエメンだからコーヒーを買いたい!! ごもっとも!
ところが、第一級品は日本の商社が持ち帰っていて高級コーヒーとして日本で活躍。イエメンで買えるのは2級以下というわけなんですね。

それでも記念に!ということであれば、タイズのスーク等、もしくはちょっと割高ですがラストチャンスで空港でも購入はできますよ!昔コーヒーを保管していた貯蔵庫や、商社?の跡は残っているようですが、歴史に興味がないと≪ふ~ん≫ってなりかねないかもしれませんっ!! 
モカは、≪つわものどもが、夢の跡≫的な雰囲気のところです。

ただし、ちょっと海に出てみましょう!!!
海の色はとっても綺麗!白い砂浜(ゴミが散らかってはいますが・・・^_^;)、綺麗な薄いブルー色の海水の色。(※場所によって見方は違うかもしれません)海を見てボォ~っとする、そんな過ごし方の方がおすすめの地域、といえるかもしれません。かつての繁栄を想像しながら、ゆったり砂浜散策もオツかもしれません。


◆コーハ---
素朴さが魅力

最後にコーハ。こちらは紅海で最も海岸線が美しい!といわれているところ。ところが、思い出で残っているのは、素朴に焼いてテーブルに出てきた魚料理が美味しかった、夜空の満天の星が綺麗だった、外のシャワーが気持ちよかった(各小屋にはなく、敷地内海岸近くに共同シャワーとトイレが有ります。お世辞にも綺麗ともいえないところでしたが、とにかく湿気と暑さで汗をかいていたので、シャワーを簡単に浴びれるだけでも幸せでした!)、何もする事がないのでボケーと日が暮れて行く紅海の海を見ていた、海水が綺麗だったということでしょうか。

なんとも、≪海岸線の美しさ≫までは、まるで覚えていないのです。一度、ホントに暑かった夜、ベッドを外にだしてゴロンと横になり、満天の星空を眺めつつ、涼んだことがとても良き思い出として残っています。部屋には、もちろん冷房といった文明の利器はなく、病院の簡易ベッドのようなものが2台あるだけ。そんな素朴なところでした。ところが、その素朴さが今となると、とても新鮮。余計なものがないというのでしょうか。1泊のみだったので開き直っていたのかもしれませんが、そんな思いは今となっては微塵も残っていないのが、嬉しい思い出です。

紅海沿岸での皆様の旅が、湿気に負けず、暑さに負けず、陽気なイエメニー達(イエメン人)との交流で良き旅となりますように、GOOD  LUCK(#^.^#)d


イエメンに行ってみよう  ⑪ イエメンの豆知識


●イエメンの周辺は?

アラビア半島の南にあるイエメン。アデン湾をはさんで対岸にはアフリカ大陸のソマリア、紅海の向こうにはジブチやエリトリアがあります。

アデン湾・ソマリア沖といえば、海賊多発海域として、しばしばニュースに登場しています。

アデン湾、紅海の先にはスエズ運河があり、地中海と結ばれています。海の交通の要衝であることがわかります。

イエメンの北はサウジアラビア、東はオマーンと国境を接しています。 


 

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2009.1.28更新 
イエメンだより#12
元ツアコン水谷の
プライベート旅行

タイズ編

今回は、タイズの旅です。


タイズ
は、イエメンで3番目の都市(町)です。1番目はサナー、2番目はアデン(後日旅に行きます♪)、そして3番目が今回のタイズ。サビル山から撮ったタイズのパノラマ、この写真を見ると、1番目の都市という雰囲気がありますよね!


実際、1948年~1962年首都でした。人口は60万。
イエメンでは雨量が多い地域なので、辺りは緑が満杯。段々畑が多くて、とても豊かな地域です(作物)。農業生産中心に発展したタイズでしたが、今は外資系の会社も入りさらに発展途上中。工場が郊外に集まり、イエメン内で売られるお菓子は、大半がタイズで作られているものなんですよ♪ 


なつめやしの入ったビスケットなんて、とっても美味しくてお薦め。
小さいものが2、3個入って、一袋で売られてるし、お菓子全体でも100円とかそれぐらいの相場ですし、なんといっても運ぶに軽いのです^^。是非、イエメン旅中、キオスクとかのぞいてみてくださいね!


さて、観光できる箇所は…。

①サビル山(写真をご参照あれ)
頂上までいくと3,000mほどですが、途中からでもいいパノラマは見れますよ! 頂上付近でも生活している人が沢山いますから、生活感のある雰囲気も味わえると思います。タイズに建つ建物は、サナーやハジャラとはまた違うんです。山がある=岩、石。サビル山付近は石積みの家々が多いですし、郊外に行くと、いわゆる日本の近代的なマンション風の建物とか、セメントの家とかお洒落な感じも見られます。


②スーク散策

サナーのスーク(市場)とはまた違う雰囲気。サナーは歴史あるスーク。タイズもそうですが、やはり都会的雰囲気もまた感じられるスーク。ちょっと裏にいくと、静かになって、庶民的なスークの空気も味わえます。


③アシュラフィアモスク

ここは珍しく2本のミナレット(イスラム寺院の尖塔)を持っています。ここは巡礼時期の度、ミナレットが白く塗られるので、その時期に行くととっても綺麗なモスクを見られます♪ 
13~14世紀のモスク。中の天井装飾等々、歴史を感じます。
通常は、イスラム教徒でないとモスク内は入れないのですが、もしラッキーなら中に入れるかもしれません(といっても脇の入り口から覗く感じですが)。外には、いつもとってもカラフルな布売りのおばちゃんがいるのですが、そのおばちゃんと友達になれて、そのおばちゃんの口伝で、モスクのドア係が開けてくれるかも…なんです♪  モスクに訪れる貴方様に、幸あれ!


④国立博物館

サナーのそれとは、また違いますが^^; はっきり申し上げまして、個人の所蔵品展覧博物館、って感じです。ただし、サナーよりも見所はあるかも、と私は思います。歴史が苦手な方には、なおさら見る価値あり、です。なぜなら、独裁政治を行ったイマーム(王様?)の豪勢な当時の生活ぶりを、所蔵品も見ることで実際実感できてしまうから。
タイズが首都だった時代、残酷な独裁者だったイマーム アハメッド。彼のサイン一つで、飛行機のフライトもコントロール。質の高い生活を好み、美しい女達が好きだったという…(悪い政治家というのは、いつの世も同じ?)その一方で庶民は質素な生活を強いられていたわけで、そうなれば不平不満も増幅。暗殺しようという動きも出てきます。実際その動きがあり、1961年に暗殺未遂で終わり、大怪我をしたイマーム。その後、幻覚に悩まされたそうです。誰かがいつも自分を狙っているという幻覚、陰を恐れていたイマーム、そのためにどこでも大きな鏡を置いていたそうですが、その鏡が博物館内に残っています。
博物館といっても、元城なので、当時の雰囲気が想像できるんです。そんな博物館内には、残虐非道な処刑記録や写真、イマーム家の持っていた豪華な香水、宝石類(当時鎖国時代。それでも海外からのものが数多くあります)。
時計コレクション、万年筆コレクション、ライフルコレクション等。他には、イマームの寝室、子供部屋などが見れます。コレクション類は、40年ほどたった現在は、もう埃をかぶっているような廃れた物に見えますが、当時はキラキラ輝いていたんだろうなぁ~と思ってしまいます。

宿泊地は、素朴なホテル(スーク近くには多いです)から高台に建てられている豪華なソフィテルホテルまで揃っていますが、スーク散策をしたり、交通の便を考えるなら街中が便利ですね。


それでは、よきタイズ滞在を!\(^o^)/

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2009年が始まりましたネ。イスラエル地域では悲しい出来事が進行中です…イエメンももちろんですが、世界中に少しでも平和な時が訪れますように…そして、国際力で海外、そしてイエメンに飛ぶ皆様に幸がありますようにと祈ります。
GOOD LUCK♪(^o^)d

 


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2008.12.16更新 
イエメンだより#11
元ツアコン水谷の
プライベート旅行

ハジャラ&マナハ編 


さて、今回からは、郊外編へと進みます!


今日は、サナーから気軽に日帰り旅行ができる、ハジャラ、そしてマナハ

イエメン様式の建物が高い山の上に密集している町がハジャラ。2000m級です。サナー旧市街とは変わって、逞しい荒々しい雰囲気を感じます。建物に使う石や装飾にも違いがあって、比べてみるのも楽しい地方色。

マナハハジャラ観光の拠点の町で、ハジャラが孤立している昔からの伝統を守る町とすれば、マナハはより発展している現代風の町といったところでしょうか。マナハにホテルがあって、2回ばかり宿泊したことがあります。

マナハ
からハジャラは車で5分。山の上の孤立した山岳村。私が着いた時、まだ時間が早かったのか、人影も少ない様子。通常は、観光客がきた空気を察すると、どこからともなく商売用のテーブルを頭にのせてやってくるのが楽しい^^町でもあります。
静かな中で散策をはじめると、やっぱり絵になるここハジャラ。辺りの景色がまた必見。特に旅をした時期が雨季の終わりごろだったので、たっぷり水分をふくんだ作物達&もちろんカート達の緑の綺麗なこと!!

それから、この辺りでぶどう(干ぶどうをつくる為)を育てていると聞いたことがあります。煙突から出る煙(当然…)のある光景には、なんとなく生活感が感じられ、のどかさをしみじみ感じることができて、好きなのですー(#^.^#)

ぜひぜひ、朝早めに到着して昼前にゆっくり散策をし、マナハのホテルでランチをとるのをお薦めします!

※ちょっぴり残念なのは、観光客ずれ(売り子のしつこさ)が見られること。
ツアーで行くと、なおさら感じます。そういう点では、個人旅行はいいなと思いますが、女性は1人ではなく誰かガイドをサナーで雇うなりなどした方がいいかもしれません。山岳はとても保守的な箇所もあって、女性が1人で旅行をするなぞとんでもない、と思い信じる部族がまだまだいらっしゃるお国でもあるので…。


宿泊したホテルは、マナハの『Al Agil Hotel』。
ファミリー経営で、勝手に「バーバ(とうちゃん)」と呼んでいる主人を筆頭に息子4人と経営。
ダンスの昼間や、ダンスの夕べだって演出しちゃう。ダンスはプロ級の腕前と思います。

部屋はハジャラを遠望できる(今回の写真です)とても明るい角部屋で、マットは4枚? 広々として、景色もいいし、シャワーとトイレ付き。いつもは、ツアー中のランチ場所としてのみ使っていましたが、今では私の恒例の宿泊場所となっています。

食事は、バックナンバーにも出ている写真風景そのもの。そしてここのホテルは、焼きたてホブズを出してくれる(どこもそうかしら?)ので、またまた最高です。

お腹いっぱいになったところで、甘めのシャーイ(紅茶)を飲んで、カートタイム。カートをかみつつ、なんと≪ダンスの昼≫スタート。
このホテルには、おちびちゃんが(たぶんお孫さん達)いて、ときにチビ・ジャンビーア(短剣)を一人前(いっちょまえ!)に手に持って、兄ちゃん達のジャンビーアダンスを見よう見まねでがんばって踊るんです。それが、また可愛くてよいのです♪  こちらでは、子どもは兄ちゃん達の踊りを見て、まねして覚えていくのだとか。
それにしてもホント、リズム感がいい! そのダンスに自然と宿泊客達も巻き込まれていくのですね。そして、なんと夕食後にもサービス!!それもなんと2時間半近くにも及ぶ時もあり、その時は感動の極致でした。

さて、≪ダンスの夕べ≫の光景は? というと、ウード弾きの兄ちゃんが1人座り、カートを噛みつつ、もう自分の中ではいい感じで音楽モードに入ってる空気が感じられます。
さて、7、8人踊り手が揃ったところで、ポロ~ンとウードが鳴り、太鼓のリズムが始まりいよいよスタート! 2人の兄ちゃんが、まずステップを踏み始め、なんだか小学校で踊ったような簡単ステップがスタート。ウォーミングアップといったところでしょうか。

徐々に、ステップが早くなり、ジャンビーアダンスに突入! かっこいい~!!!!!!!!
なんとも、リズム感が抜群によい!! 
時に3人になり3人になり、盛装しているからなおさら絵になるのです。
(ここでいう盛装とは、いわゆるジャンビーアをさして、背広の上をはおるタイプでなく、ソウブになにか布を組みあわせていて、なんか士気があがっている戦士的な装い?  とでもいうのかしら)

ツアコン時代には、いつも〈ダンスの昼間〉をもりたてるべく外野にまわっていたことの多かった私は、いつも

「いいなぁ~(-.-) 私も、オドリタイ…」

と内心思っていたものです。それが個人旅行ともなると、もちろん誰に遮られることもなく、踊れる踊れる! はりきりましたのは、当然!!

≪ダンスの夕べ≫が終わったのは、なんと夜11時45分。
カートの噛みすぎで眠れないかも、と思っていたのが、とんでもない!
踊りまくった私は、マットに横たわったあと10秒もカウントできず、爆睡ナイトだったのです…。

皆様もよきハジャラマナハ滞在を!

2008年もあと少しで終わりですね。今年はイエメンで色々なことが起きました。
来る2009年は、より落ち着いて平安な1年がイエメンに訪れますように…。
そして、国際力で海外に飛び出す、飛び出そうとしている皆様に幸がありますよう祈る私です。

2009年もイエメンの色々な地域をネット旅行していきます♪ どうぞお楽しみに!では、良い新年をお迎えくださいね!(^_^)/


イエメンに行ってみよう  ⑩ イエメンの豆知識


●ジャンビーヤ
 
ジャンビーヤは、装飾のついた鞘に収まった三日月形の短剣です。民族衣装の一部のような感覚で身につけています。人を傷つけたりする目的に使ったりすることはありません。
ジャンビーヤの鞘や刀の装飾で、家柄などがわかるそうです。
お金持ちや高貴な家柄の人達は、盗難防止のため、模造品を身につけたり、ランクが下のジャンビーヤを身につけたりすることもあるとか。
このジャンビーヤを振りかざして踊るのがジャンビーヤダンス。イエメンの伝統的なダンスです。

●ウード
 琵琶やリュートに似た、アラブ音楽文化圏で用いられる弦楽器。ゆで卵か洋ナシを縦半分に割ったような形の胴体(共鳴胴)をもち、竿の先が大きく反っています。また、フレットがないのも特徴です。『千夜一夜物語』にも登場する、「楽器の女王」とも呼ばれる楽器です。

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