出版予定

日本人から見るとかなりいい加減だけど、やさしい人々。素朴な暮らし。
魅力いっぱいだけど、ちょっと油断するとすぐ痛い目に遭うアフリカ。
そんな経験を、ありのままに記したエッセイです。
その一部をここでご紹介します。

小山朋宏 著
著者プロフィール

フランス語通訳。20年来、ヨーロッパやアフリカのフランス語圏諸国をフィールドに活動。延べ7年をアフリカ大陸で過ごし、現在も数カ月おきに日本とアフリカを往復している。

国際人になるための情報源を提供するサイト「国際力.com」では海外リレーションとアフリカ情報デスクを担当。アフリカへの個人旅行企画の提案や相談受付を行っている。

スーパーメイト <ベナン共和国にて>

F君愛用の原付50ccヤマハ・メイトを見て、僕は仰天した。

エンジンカバーに「出前迅速 末広そば」と、日本の蕎麦屋の名前が書かれていたからだ。堂々たる手書きの白い文字。出前用の電話番号も消されずに残っている。

ヤマハメイトといえば、ホンダのスーパーカブと並ぶ出前バイクの代表格。どこからどうやってここ西アフリカのベナンまで流れついたのか知る由もないが、何年か前には出前器ぶらさげ蕎麦やうどんの湯気立てて日本の町を走り回っていた一台であることは間違いない。
ベナンに来て1年が過ぎようとしている今、僕は、しばしノスタルジックな気分に浸った。かつおだしの香りが漂ってくる気さえする。

「ほんとかよお。こんなん書かれたまま、こんな遠くまで来ちゃったんかよお……」

バイクを撫でさすりながら呟く僕を見て、F君は不思議そうに言うのだった。 

「何て書いてあんの?」


ああそっか。読めないもんね。蕎麦屋だよ、蕎麦屋。ヌードルを運ぶの!デリバリーサービスだよ」
「ヌードルのデリバリーサービス…?」
「そ。おつゆがこぼれないように運ぶのが難しいんよ。冷めないうちに急いで届けなきゃいけないしね」
「ヌードルのおつゆ…?」
「そうそう。おつゆヌードルね。ねえ、ちょっと乗せてよ」

説明は後回し。気分は出前持ち。僕はメイトのペダルを蹴り込んでエンジンをかけ、ガチャコンとギアを踏み落とし、きゃんきゃん喜んで辺りを走り回るのだった。 
ギニア湾に面するベナン最大の都市、コトヌー。バスも地下鉄もないこの街の主な交通手段は、50ccのバイクである。その多くは日本製で、なかでもスーパーメイトは主流。後部の荷台は外されて、代わりに2人乗り用の長いシートが取り付けてある。

シートは2人乗り用でも、3人乗りくらいは当たり前。運転するお父さんの股の間に子どもがひとり、後ろに赤ん坊をおぶったお母さんが乗って計4人なんてのも見かける。人だけじゃない。工事用のブロックや鉄筋、古タイヤ、たらい、にわとり、タンスに机、何だって運んじゃう。


黄色いユニフォームが目印のバイクタクシーも、この町の顔のひとつだ。地元の人は「ゼミジャン」の愛称で親しみ、ちょっと粋なコトヌーっ子は「ゼム」とも呼ぶ。

このゼミジャン、コトヌーでの生活には欠かせない大切な足なのだが、かなり危険な乗り物でもある。ベナンでは原付バイクを運転するにあたって、さしたる交通ルールもない。ヘルメットもいらなきゃ、免許もいらない。無理な追い越し、割り込み、逆走、なんでもあり。それが乗用車やでっかいトラックとごちゃまぜになって走るのだから、起こるべくして事故が起こる。



ゼミジャンの数は増える一方だ。高い失業率に悩むこの国で、定職に就くことは至難の業。そんななか、タクシーバイクは多くの人にとって、現金収入を得るための大事なビジネスであり生きる手段となっているのだ。人口40万ほどの小さな都市に、数万台のタクシーバイクがひしめき合っている。排気ガスによる公害もひどい。大通りに出ると、空気が青いのである。規制する案も出ているらしいが、ゼム・ライダーたちにとっては規則より食うことが先だ。

ゼミジャンのシステムは、概ねこんなところらしい― 

運転手になりたい人は、組合に加入してナンバーの入った黄色いシャツをもらう。バイクはオーナーから日額2,000セーファー(約400円)ほどのレンタル料を払って借り受ける。客単価は平均100〜200セーファー(20円〜40円)。たとえば市内を朝5時から夜7まで走りに走ると、日に5,000セーファーくらいの売上げになるという。
リッター300セーファーのガソリン代は借り手の運転手持ち。燃費はリッター約25km。おおまかな計算で、1日に100km走るとレンタル料と燃費を差し引いて1,800セーファーの現金収入になるわけだ。

とはいえ、毎日そう順調に稼げるわけではない。事故の危険もあれば、オーナー、客、同業ライダーとのかけひきもある。すべてを考え合わせれば 決して実入りの良い仕事とは言えないが、みんな食うために体を張って走っているのである。
F君も「末広そば号」で、ゼミジャンビジネスを始めたと聞く。がんばって欲しい。日本でもベナンでも、スーパーメイトには働く男が良く似合う。

廃車にしたのか売ったのか盗まれたのか、どういう事情でこのバイクを手放したのかは知らないけれど、末広そばさん、お宅のメイトは今、遠いアフリカの地で立派に活躍してますよ!

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